ノモンハン事件


1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/04(月) 02:44:43.17 ID:iTe9jS7I0
まあ圧勝とまでは行かないが、被害はソ連の方が大きかった。
停戦後にソ連有利な国境線が確定したのは
戦線を南方に拡大したい海軍の意向を踏まえた海軍の寄生虫の
東郷大使(在日朝鮮人)が妥協して無理やり協定を結んだからで
海軍信者(半藤一利とか)の大嘘宣伝にだまされてはいけない。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/10(日) 14:47:45.82 ID:6QKCftsZ0
機甲部隊による迅速な両翼包囲と砲兵火力の殲滅。
ソ連の勝利は戦術の教科書に載せていいレベル。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/10(日) 17:38:48.70 ID:mNYCx2J40
大和魂が鬼神をも退けた典型例。
戦術の教科書に載せていいレベル。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/10(日) 20:18:26.13 ID:6QKCftsZ0
>大和魂が鬼神をも退けた典型例。

それ戦術じゃないからw


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83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/19(日) 22:31:16.36 ID:uoHeuZzbP

陸軍が大陸から撤退したらよかった

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/19(日) 22:38:44.26 ID:uPhTdiri0

貴様!英霊に対して顔向けできるのかっ!!

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/03(金) 21:56:18.09 ID:guRfovuR0

なんで日本軍は少数で攻勢に出たのだろう?

当初の方針だし、増援を集結してたのだから、守りを固めて待てばよかったのに。
国境維持&東岸が低地で砲戦で不利ならば、優勢だった航空機で砲兵を叩く手もあっただろうに。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/04(土) 22:08:44.27 ID:5djZLzF30

>>20
実際にはソ連が仕掛けてきたので戦った
その後兵を集め反撃しようかとしたが実は相当打撃与えていたけど
負けてたと思ってたからしなかった

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/08(水) 22:49:18.83 ID:l0MraXSFO

戦闘での損害規模では関東軍(帝国陸軍)よりも労農赤軍(ソ連陸軍)の方が大きかった。
しかし、ソ連・外蒙古側の方が占領地が多かった
よって、満蒙国境線は日満側が譲歩する形でソ蒙側の主張通りのラインで停戦した。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/08(水) 23:26:52.38 ID:kC+8FeLq0

>>26
占領地がソ蒙側が多かったというのは間違い。
実際は日本側が押し込んだ地点も多く、双方の領土は双方の主張の中間点に落ち着いた。
>>25
そもそも清の時は同じくにだったわけで、どっちの領土ってもんはないよ。
モンゴルは内蒙古も領土を主張しており、今でも台湾の地図では
モンゴルまで中国領土になっている。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/10(金) 12:47:09.39 ID:qZoqmR4VO

双方が失った戦闘車両と砲と戦闘機の数比べてみれば?


35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/10(金) 19:55:41.86 ID:0cenQkLcP

キルレシオは勝敗の判定の要素のひとつに過ぎない。
しかも双方が目的を達成してない場合に使われる。

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/10(金) 00:03:05.26 ID:0cenQkLcP

機械化部隊に両翼包囲されて火力の骨幹戦力の砲兵まで撃破されて 勝ったはないよなw


37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/10(金) 22:58:00.08 ID:0cenQkLcP

両翼包囲を決められて壊滅しても勝利なら
カンネーの戦いはローマ軍の勝ちだな。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/11(土) 12:40:11.98 ID:FrnoxEPS0

係争地での戦闘状況。

ソ連側が主張する国境内の関東軍は完璧に包囲殲滅されている。


43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/11(土) 14:17:45.07 ID:fbwTHAiDP

自ら決めた国境線を超えずに作戦を遂行したソ連はスゴイな。
普通なら戦術的に有利なら超えてでも作戦するのだが。


44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/11(土) 15:49:45.81 ID:FrnoxEPS0

>>43
ソ連軍はスターリンの意思に逆らえないからね。
まあ、普通の国家では軍隊が政府のコントロール下にあるのは当たり前だけど。
当時の日本が異常だったんだよ。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/11(土) 16:06:12.34 ID:fbwTHAiDP

日本軍の場合、戦術的な優位性の重視が政治や外交を超越してたからねぇ。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/12(日) 23:32:03.98 ID:9PATmUSRP

ノモンハンで日本が勝ったというなら
ミッドウェイ海戦も日本の勝利でいいよな?

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/13(月) 09:56:06.78 ID:Q/LefAVn0

「相手に損害を強いた方が勝ち」という考えでいけば、
第二次大戦では日本軍は連戦連勝だな。

兵隊の命は一銭五厘(葉書一枚分)の値段とか堂々と言ってたから、
その兵士の命を奪うのに 米軍は艦砲射撃を行ったり
重火器による濃密な弾幕を張って、高価な砲弾を大量に費消したから
莫大な経済的損失を米国に与えた、という言い方は出来る。

自国民の命なんぞいくら失っても屁とも思っていない
日本の軍事指導者も大したもんだ。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/14(火) 19:26:47.33 ID:0/M+BFua0

>>56
ミッドウェイ島の半分を奪い取って、
米軍の航空機を日本の倍落として、
船舶を日本の何倍も沈めて、
戦死者が米軍のほうが多いのなら、
ミッドウェイ海戦もノモンハン同様と認定していいぞw
ミッドウェイ海戦でノモンハンを説明すると
ノモンハンの実情がよくわかるなw

ましてや>>41ような軍与太君によると
この係争地はもともとモンゴル側らしいから、
日満軍はソ蒙軍に大打撃を与えた上に、領土まで奪い取った事になる。
褒めるべきではないのかね?
>>57
ソ連兵の命が日本兵より高価だとでも思っているのかw

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/15(水) 22:29:04.42 ID:D8LEQuqTP

一方、ソ連は関東軍を痛打してソ連攻撃を断念させ、
ポーランド侵攻に専念できて戦略目的達成だという。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/16(木) 00:45:12.37 ID:xsK9LRDq0

ソ連は日本軍にボロクソにやられて越境を断念したんだがw
そして日本軍は中国大陸に専念できて戦略目的達成だという。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/16(木) 09:04:36.52 ID:2MGmR4f80

ソ連強いからって満洲防衛のために関特演で70万も遊兵を作らなきゃいけなくなっただろ。
支那派遣軍が100万に過ぎないことを考えれば、大負担だろ。
その関東軍が骨抜きになったら実際に中立条約が破られて攻められたわけで。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/18(土) 19:54:31.55 ID:EndSup/20

>>65
一時的に集めただけでずっといたわけじゃない。
関東軍全軍でせいぜい30万程度だ。
そしれ極東ソ連軍はその関東軍を抑える為に100万の軍をおいていた。
三倍はいないと防げないと判断していたわけだ。
これはノモンハンの兵力差から考えれば妥当な範囲だろう。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/18(土) 20:09:37.90 ID:LzHYu2mi0

>>74
>三倍はいないと防げない
そりゃ、1線級部隊はヨーロッパに配備せねばならなかったからね。
極東に配置できるのは質、練度の劣る2線級部隊だったから、数で補おうとしたわけだよ。
元々数で圧倒するのがソ連の基本戦略だし。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/01(土) 07:17:51.44 ID:CTGnPNlE0

そういえばノモンハンの【敗戦】が原因でモンゴルでは粛清があったんだよな。

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/01(土) 12:26:58.69 ID:5ZTtLXLz0

>>101
「敗戦」だからではない。
日本人や満州人と接触したので、スパイ容疑をかけられて粛清されたのだ。
岩波の『ノモンハン戦争』を買って読め。

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 10:46:00.22 ID:2jA3CTHK0

> ■廃虚の巨大基地
>調査ではさらに、ソ連の独裁者スターリンがモンゴルの実に東半分を
ソ連軍の要塞(ようさい)にしていた実態も明らかになった。
>
> ソ連軍の出撃拠点だったタムスク基地は、ノモンハンの西約110キロにあった。
ソ連軍はすでに撤収し廃虚と化し、山手線の 圏内をひとまわり大きくした広さの基地には
無数の砲台やトーチカ、塹壕、司令部とみられる建物が放置されていた。
>
> だが、基地は事件前から急速に拡張された。
両軍が衝突する2カ月前の3月には大量の戦車や大砲、弾薬が運び込まれ、
戦闘準備が 整えられた。基地周辺には4つの飛行場をその後整備し、
鉄道まで敷設。タムスクの後方に、マタト、サンベースなどの巨大補給基地も建設したのだ。
>
>「スターリンが、同盟国とはいえ異国のモンゴル東部の辺境の砂漠に巨費を投じ、
巨大な軍事要塞を建設したのは、来る 対日決戦と満州侵略を決意し
周到に準備していた動かぬ証拠だ」。辻田氏の結論である。
>
>「日本がアジア侵略の目的で始めた戦争」?。
ソ連が東京裁判でこう断罪したノモンハン事件は、ソ連の対日侵略の前哨戦だった。
70年の歳月を経て「ノモンハンの秘密」が少しずつ暴かれ始めた。

【ノモンハン 70年後の教訓】(上)満州侵略決意したスターリン 暴かれる日ソ衝突の秘密
http://blog.livedoor.jp/hanasyoubu2020_005/archives/51314222.html

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/05(水) 17:22:57.38 ID:nzYJID2f0

>>127
このソ連が構築した巨大要塞の一端を有名な辻参謀は実際に見たらしい

当時ソ連からの不法偵察機が満州国上空を領空侵犯し、一方的に偵察を行う状況が続いていた。
だが関東軍は越境活動を(東京から)厳重に禁じられ対応手段を何も持てない状態だった。

しかしソ連側の無法に対し我慢の限界に来た関東軍は偵察機を派遣する。
辻参謀を乗せた 司令部偵察機が出撃したのは五月一五日。
低酸素・低温の高空を飛び、命懸けの偵察飛行を行った。

すると地図に現れない新しい自動車道が驚くほど発達していた。
満領内とは大人と子供ほどの格差があると辻は言う。
そして要塞は縦深約三〇キロに渡ると見られた。
国境だけの単純なトーチカ陣地どころではない凄い規模。
また大規模な近代軍事基地ウオロシロフも偵察する。
それらは貧弱な満州の飛行場とは雲泥の差だった。
おびただしい戦闘機が上昇してくるなかで退避

参考 「ノモンハン秘史」 辻政信著 毎日ワンズ

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/05(水) 17:33:41.87 ID:nzYJID2f0

>>143 つづき
よくノモンハン事変では日本軍の補給に貧弱さを批判し、
対するソ連軍の膨大な補給量が言われるが、
しかし 当たり前だろう。前々から、これだけ大規模な侵攻準備を進めていれば。

また「ノモンハン事件は、単なる不毛な土地の国境争いで
無益に多数の兵を消耗したとして悪名高い。」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1082375340
などという評もある。
しかし、日本が何もしなくても、ソ連側が大々的な侵略準備をしているのは明らか。
ノモンハンで日本軍から 手痛い打撃を受けていなかったら、
ソ連は日本を舐めて、嵩にかかって侵略戦争を仕掛けてきた可能性も高い。

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/07(金) 08:11:55.33 ID:c4YzJyVAO

>>144 >>145
日本軍は不利な状況の中で、ソ連の侵略戦争の出鼻をくじいた

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/05(水) 08:04:40.63 ID:ocWmGfS90

日本が軍事的に勝利したと仮定しても独ソ不可侵条約締結により
平沼内閣は総辞職しソ連側の主張を受け入れざるを得なかった。
清国に圧勝しながら三国干渉で戦わずして
遼東半島から撤退したのと同じ状況。

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/12(水) 22:44:20.60 ID:GGQe6aRz0

シベリア鉄道に対して攻撃していれば、ソ連軍は補給が途絶えて戦闘不能に
なったのではないのか?
あの時のソ連の兵站は650kmもあったから、その補給網を完全に空爆
しておけば、数日で日本に降伏したんではないのか。

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/13(木) 04:33:46.17 ID:FI62bUZY0

>>160
一応、ノモンハン事件は満州国とモンゴルの争いと言う事になっている。
日本とソ連はあくまで同盟国として支援していると言う建前。
さすがにソ連領内への攻撃は出来んよ。
それこそ全面戦争覚悟しないと。

>>165
国力的に無理だろ。
ソ連だって黙ってはいない。
泥沼のゲリラ戦に持ち込まれて、戦費で財政が破綻するだろうよ。


171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/29(土) 10:48:38.60 ID:Rax/cgho0

ノモンハンの結果判定

ソ連
 「侵入」してきた日本軍を撃退。
 「国境線」まで追い返したということで一応のメンツは立った。
 小規模な国境紛争を口実にした
 本来の主目的である対日満侵略戦争は中止。
 大規模な侵略準備を進めていたのに無駄になった。
 さらに満州方面での軍事行動は極力控えるようになる。

モンゴル
 領土の半分しか奪い返せず、日満により500平方キロを失った。
 ソ連のメンツを立てるために不満な条件を呑まされ停戦へ。

日本・満州国
 「侵入」してきたソ蒙軍と激闘。
 一部領土を奪われたがハンダガヤ~方面では奪い返し
 一応のメンツは立った。 その後、陸軍はソ連を警戒し
 北方侵攻は控えることとなる。

72 ::2013/05/18(土) 01:38:06.44 ID:S0/me+eG0
共産勢力の脅威を認識していた 関東軍こそが正しかった

日本が関東軍の主張通り北進論を採用していれば
米国の参戦は無く、対米戦争が回避できたのは確実。
政権末期の親ソ・民主党ルーズベルト政権は共和党に叩かれ
共産国家・ソ連を支援し続ける事は不可能な状況。
よって、日独が勝利し英ソが敗北していたのは確実。

しかし現実は海軍とマスコミが南進論を宣伝し
こちらが主攻となてしまったために
三バカ(ルーズベルト、チャーチル、スターリン)の術中にはまり
アメリカの戦線を招き日本は大敗した。


13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/25(月) 20:12:29.96 ID:TeZ5pEIC0
ソ連はだいたい相手より被害多くて勝ってるケースばっか

ジューコフが指揮した本気の戦いで日本軍なんかが勝てるわけねえよ。
ジューコフが晩年に一番苦戦した戦いがノモンハンだったと言ってたのは事実だがな。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/26(火) 22:38:41.23 ID:TlPrODox0

>一番苦戦した戦いがノモンハン

それはそうだろうな。まだ赤軍も練成途上だったし、
ジューコフが対ドイツ戦に参加した頃は緒戦のドイツの優勢が霞んだところだった。 


109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/03(月) 20:29:37.14 ID:y8cacpEw0

でもソ連も恐日に陥り、対日侵攻が遅れに遅れて
結果、被害が最小限で済んだとか


15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/28(木) 11:05:41.94 ID:wCQ2aYg/O

いかに皇軍が強かったか判るエピソードだな

引用元 http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history2/1362332683/