226a


1 :名無し三等兵:2013/02/04(月) 18:27:21.70 ID:bEiR+xuS


牟田口はどうなってた?


3 :名無し三等兵:2013/02/06(水) 13:15:38.75 ID:???

牟田口陸軍大将



4 :名無し三等兵:2013/02/06(水) 19:40:01.21 ID:???

牟田口陸軍大臣


5 :名無し三等兵:2013/02/07(木) 18:47:14.24 ID:???

牟田口参謀総長

49 :名無し三等兵:2013/02/21(木) 18:59:23.66 ID:???

どんな嫌がらせだよw
 
21 :ZII ◆RPvijAGt7k :2013/02/10(日) 12:37:21.58 ID:???

>>1
・昭和天皇は退位、出家
・秩父宮が新天皇に即位
・元号が変わる
・陸軍統制派は全員免官
・海軍では伏見宮が実権を握り、米内、山本、井上が免官
・満州開発の推進
・支那事変、日米戦争は起きない
・その代わり、満州に莫大な国費を投じて経済的に自滅

10 :名無し三等兵:2013/02/09(土) 13:47:33.31 ID:???

皇道派と言っても実質荒木派だからな
その人事に不服を持ったのが統制派

17 :名無し三等兵:2013/02/09(土) 15:34:01.15 ID:???

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1136875456

決起の理由についてはさんざん言われていますので
繰り返しませんが、もし成功していたら日中戦争は
無かったでしょう、その後の太平洋戦も無かったと思います。

当時の国家予算は陸軍の給料は減らされるのに
海軍は拡大一方でした。海軍や統制派は軍需
財閥と組み自分たちは儲かる仕組みになっていました。
これで海軍は日米開戦を拒否できなく自分の首を締めました。

社会主義でいえば名前こそ社会主義と名乗りません
でしたが統制派の政治社会体制はまぎれもなく
国家社会主義です。

私の叔父が第八師団31連隊出身で歩3安藤大尉や
秩父宮と近く226に参加しました。私も226事件を
ライフワークとしています。

近年、226研究家の間では真崎の再評価が
行われています。私も従来説通りですが真崎や山下や
は秩父宮は今のところ、あまり評価していません。

19 :名無し三等兵:2013/02/09(土) 17:56:19.20 ID:???

>>17
彼らにはクーデターという概念はなかったと思います。
ただひとえに天皇親政による国家革新を目指したのだと思います。

しかし、頭のいいはずの彼らが、それが成功した時の青写真を
どうしてきちんと定めていなかったのか?
また皇軍相撃つとなっても、
最後の一兵まで断行するの覚悟もなくなぜ暴発したのか?
(兵がかわいそうと途中で言い出すくらいなら、
同志だけの決起にしろといいたい)

北の言った「若殿に兜とられて負け戦」と、
天皇次第で自分たちが「逆賊の汚名」をきる可能性を
想定できなかったのか?

そのためには天皇と親しい重臣たちは軟禁にとどめ、
もし殺しでもしたら「詰み」となることに
どうして思いがいかなかったのか?

また各施設を占拠のあと、
部外者を比較的自由に出入りさせている。
このような甘いやり方は、ずさんなやり方という。
一切の部外者は立ち入り厳禁にするのが鉄則だ。

彼らの心情は痛いほどよくわかるが、
いかんせんやり方が甘くズサンだと思えてならない。
相沢中佐もさぞ無念であったろう。
私も昭和天皇の一言が恨めしい。成功してほしかった。

「青年日本の歌(昭和維新の歌)」を聴くたびに泣けてくる。

26 :名無し三等兵:2013/02/16(土) 14:27:52.34 ID:???

自分を退位させて、
秩父宮を即位させようとした
皇道派を昭和天皇が好むわけがない。


23 :名無し三等兵:2013/02/10(日) 12:48:44.71 ID:???


皇道派が主流になった方が軍事作戦はマシだったろうな。


29 :名無し三等兵:2013/02/18(月) 02:26:54.44 ID:???

山縣有朋は、永田鉄山や東条英機を
陸大出のエリートを嫌っていて、
山縣が生きているうちは枢要な地位には就かせなかった。

31 :名無し三等兵:2013/02/18(月) 18:03:27.99 ID:???

>>29
山県有朋は1833~1922。

陸大出のエリートを嫌う理由はよくわかる。

自分がいかに槍が得意だったとはいえ、

出自は足軽の出で、武士というエリートではなかったからだ。

エリートに対する僻み以外の何物でもない。

陸軍中佐・相沢三郎が

陸軍省軍務局長の永田鉄山を刺殺した事件は、

1935年・昭和10年8月である。2・26事件の前年の事である。

山県はすでにこの世にはいない。

世間では不評な男で、すきあらば蓄財に励んだ卑しい男だ。

やっぱし、足軽出ではだめか?

107 :名無し三等兵:2013/03/26(火) 01:45:49.82 ID:???

世間擦れしてたら
そもそも決起なんかには加わらないっていう
問題が計画性も慎重さも欠けてたから
決起なんか実行しちゃったんじゃないの?
2.26といい宮城事件といい

108 :名無し三等兵:2013/03/26(火) 02:07:54.80 ID:???

>>107
安藤中隊は安藤大尉以外貧しい家庭で育った
下士官兵だけだったけど一致団結していたらしいよ。
普段は陰険な下士官も尽くしたと
松本清張の本に書いてあったし。

根回しができるやり手の人間が
決起将校にいなかったんだよね…。
磯部は貧しい家庭の出らしいけど、
幼年学校行ってお花畑全開…。

58 :ZII ◆RPvijAGt7k :2013/02/27(水) 18:09:31.57 ID:???

安藤大尉は、実家が貧しい部下のために、
俸給の3分の1をくれてやってましたね。


52 :名無し三等兵:2013/02/24(日) 08:34:49.59 ID:???

NHKのドキュメンタリー番組で2・26事件当時の
電話でのやり取りを聞いたんだけど
人格者と言われる安藤輝三を鎮圧側の将校が
ボロクソに言ってるのがショックだったなあ。
部下を安藤部隊に奪われた将校だから余計そうなんだろうけど。
決起に参加していない将校だけで
安藤を暗殺する計画もあったらしいね。

53 :名無し三等兵:2013/02/25(月) 16:12:44.41 ID:???

決起将校の中で、一番腹が据わっていたのは彼であろう。
皇軍相撃ってまでも、逆賊の汚名をきてまでも
最後まで事を成就させようとした。
自決した野中四郎には、その最後の一人になろうともあくまで
事を貫徹しようとする覚悟・胆力が欠けていた。

安藤輝三大尉は悩みに悩んだ末に、
決起将校の仲間に加わったのであるから、
そのあたりの気持ちの整理はつけてもいたし、
覚悟の上での断行だったはずだ。

他の将校たちが、
櫛の歯が一つ抜け、二つ抜けてゆくにも似た状況をみて
どういう思いだったのだろう。
「その程度の決断で起ったのか!」と内心思ったに違いない。

2・26事件当時の電話でのやり取りに見られるように、
クーデター等の場合には、一切の外部との
接触は断たないといけない。
そういう意味では安藤大尉も電話口に出るなど甘いと思う。
そういう意味から「天聴に達せられあり」を
勝手に自分たちに都合の良いように誤解などしたりする。

54 :名無し三等兵:2013/02/25(月) 19:42:01.81 ID:???

松本清張の本によると、決起将校同士でさえも
コミュニケーションが取れていなかったらしいね。
坂井直中尉が一番最初に下士官以下を原隊に戻したんだけど、
仲間の将校には相談しないで勝手にやったらしい。
死刑にならなかった若い将校の中には、
「磯部に利用されている感じがした、決起が成功したら
暗殺するつもりだった」なんて言ってる人もいたし。
成功する所が想像できない。

60 :名無し三等兵:2013/02/27(水) 20:18:28.25 ID:???

個人的には、丹生中尉と坂井中尉に狂気を感じたなあ。

丹生中尉は狙われた岡田総理の親戚なのに、
悲しむどころか上機嫌で総理の娘に電話をかけて、
坂井中尉は部下と共に無抵抗のじいさんに40発以上発砲してから
更に斬りつけて「これが国賊の血だ!」と絶叫…。

2人とも普段は部下に優しく冗談好きで愛妻家というのが余計…。

66 :ZII ◆RPvijAGt7k :2013/02/28(木) 01:17:03.92 ID:???

>>60
坂井中尉が襲撃したのは斎藤実内大臣ですね。
最初は包囲して拳銃を乱射、
倒れた後に布団に機関銃を差し込んで連射、
遺体には47発の銃弾が撃ち込まれていたというのですから、
どんだけ憎まれていたんだか。

141 :名無し三等兵:2013/03/31(日) 08:58:57.98 ID:???

中橋中尉は満州にいた時、日の丸の旗が立てられた大麻畑と、
ヤク中になって日本人の操り人形と化した現地人を見て
日本の退廃ぶりに憤りを感じて大麻政策の中心にいた
だるまさんを殺そうと思ったらしいね。
純粋な人だと思うけど、純粋だけじゃ国が発展しないよね。
日露戦争も、伊藤博文とだるまさんが
イギリスやアメリカに泣きついて解決したんだし…。


93 :名無し三等兵:2013/03/23(土) 08:09:34.64 ID:nT9s+ohF

だるまさんが、皇道派のアイドルの荒木大臣を
「精神論だけで通用すると思ってるの?馬鹿じゃね?www」と
おちょくって恨みを買った面もあるらしいね。
日露戦争勝利も、
だるまさんがイギリスに金をせびったのが一番の理由で…。


94 :ZII ◆RPvijAGt7k :2013/03/24(日) 13:18:54.84 ID:???

だるまさんが血だるま

62 :名無し三等兵:2013/02/27(水) 22:40:49.73 ID:???


ストライキ等は考えなかったのかな。
無抵抗の老人を武装した兵士が襲うなんて、
一般庶民はびびっちゃうよ。
あと何でマスコミを利用しなかったんだろう。


114 :名無し三等兵:2013/03/26(火) 22:37:39.60 ID:???


ストライキだったら死刑にならなかったのかな。
渡辺教育総監は他人の意見を尊重する
人格者だったらしいのに残念…。



63 :名無し三等兵:2013/02/27(水) 23:18:08.91 ID:???

>>62
だって「叛乱将校」はベクトルの違う「辻~ん」だからだよ。

自分達は無謬である、と言う前提があるから、
自身が起こした行動は無条件で陛下が受け入れてくれる、
と信じ込んでたのさ。

占領地に行って「住民宣撫」の為に「八紘一宇」の演説を
原住民にかます「陸大出のエリート参謀」と大して変わらんよ。


64 :名無し三等兵:2013/02/28(木) 00:44:54.01 ID:???


>>63
事件当時の電話傍受に関するドキュメンタリーを観たら
反乱軍に入ってしまった部下に電話で投降を呼びかける将校が、
凄く冷静と言うか現実主義的で、
「青年将校達はこの手の人を何で
参謀として活用しなかったんだよ…」と思ってた。
優秀なのに事件の後はニューギニアに飛ばされて戦死したらしい。



70 :名無し三等兵:2013/02/28(木) 20:37:41.04 ID:???

もし成功していたら相沢中佐は釈放されていたかな。
永田局長暗殺は伊勢の大神による仕業で俺に罪はない、
とか主張したりかなり香ばしい人なんだが…。
「昭和史発掘」だけじゃなくて親友の大蔵栄一の本でさえ
アレなエピソード満点だったな…。

71 :名無し三等兵:2013/02/28(木) 21:28:41.07 ID:???

相沢中佐はある高級将校に利用されて
あのような斬殺を起こしたのですが
(台湾赴任前)残されたご家族は、
たしか幼い女の子が二人いた(?)と思うのですが、
一家心中したのでしたっけ?


72 :名無し三等兵:2013/02/28(木) 21:38:00.78 ID:???

>>71
娘さんと息子さんがいたらしい。
大蔵氏の本によると奥さんも戦後まで生きていたようだよ。

2・26事件の将校の奥さんの中には、
戦後のドサクサで掃除のおばちゃんになった人もいたらしい。


75 :名無し三等兵:2013/03/01(金) 15:29:41.81 ID:???

青年将校らは北一輝の思想を実現するつもりだったん?

 :名無し三等兵:2013/03/01(金) 19:36:42.60 ID:???

>>75
将校同士でも温度差があったようだよ。
磯部や村中は北に傾倒していたようだけど、
他はそうでもなかったり。

北の主張を実現するためには、
当時の状況では地主に「アメ」を与えなきゃ実現不可能だったけど
その事を将校達は認識していたのかな。


96 :名無し三等兵:2013/03/24(日) 19:00:17.85 ID:???

色んな人の視点から描いた2・26事件を大河で見たいな。
慎重派だった安藤大尉が
部下達の窮乏ぶりを見かねて参加を決意した事とか
高齢の内大臣を惨殺して「国賊の血を見よ!」と
絶叫した坂井中尉が家庭では良き夫だった事とか
ドラマ性があると思うんだけどなあ。
相沢事件から青年将校達の死刑執行までちょうど1年位だし。

102 :名無し三等兵:2013/03/24(日) 23:24:36.28 ID:???

NHKって最近左に傾いているから天皇描写もやりそうだけどなあ。
安藤大尉が「秩父宮殿下万歳」と叫んだという話は
処刑に立ち会った将校を取材した保阪正康が否定してたけど。

でもさすがに、幼い娘の目の前で殺された渡辺教育総監の場面は
決起将校側に感情移入する視聴者は少ないだろうなあ。
映画では殺害した将校が後々後悔して涙を浮かべるんだけど。


123 :名無し三等兵:2013/03/28(木) 19:37:43.70 ID:???

殺された人達は
天皇陛下が「この者で良い」と認めた人達だよね。
首相も大蔵大臣も内大臣も教育総監も、
陛下の許可なく勝手になれなかったんだよね。
青年将校達は陛下の権限を軽く見ていたの? 


 
124 :名無し三等兵:2013/03/28(木) 20:11:22.98 ID:???

「君側の奸」なんて

実に便利な言葉が

135 :名無し三等兵:2013/03/30(土) 08:18:29.80 ID:???

当時陸軍全体が下剋上ブームだったんだよね。
一介の中佐が幹部の了解を得ないで勝手に満州でドンパチ始めたり
左遷組の中佐が陸軍きってのエースを殺したり
そんでしまいには20代前半の少尉2人組が
陸軍の最高幹部の教育総監を殺害…。
それで東條が「一致団結しよう」と言ったんだよね。
まともな人だと思うんだけど。

152 :名無し三等兵:2013/05/06(月) 14:21:10.40 ID:9HjPV6y9

みんなは2.26事件の目的を何だったと思ってる?
私は真崎復活のための人事抗争でしかなかったと解釈してるけど 
 


155 :名無し三等兵:2013/05/06(月) 17:24:55.27 ID:???

>>152
政党政治の暴走、利権誘導政策
一部の人間だけがボロ儲けし
大部分の国民が貧困状態。

山縣なきあと、こういった政党政治の暴走が始まり
陸軍の実力者の田中義一までが政党に金の力で
取り込まれてしまった。
こうなると、軍人は当然反発する。
皇軍のあるべき姿では無いとな。

50 :名無し三等兵:2013/02/21(木) 21:02:23.40 ID:???

もし2.26事件が起こらなかったら?

のほうが、歴史は変わっていた。


引用元 http://toro.2ch.net/test/read.cgi/army/1359970041/