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236 :あまり美化できない戦争への道2 2005/07/03(日) 03:20:38


日中戦争の発端である盧溝橋事件は、
謎の発砲音に対する日本の攻撃命令で始まる。
発砲音の真偽は定かでないが、一兵士の暴走説や、
共産党の謀略説(日本と国民政府の共倒れ)などがある。

(?) 演習中謎の発砲音。
(日・中) 日本と中国は不拡大を確認。
(日) 再度発砲音の後、日本の攻撃命令。(日本の信用ダウン?)
(日・中) 停戦後双方兵の準備。
(中) 中国の停戦破りの攻撃。(中国の信用ダウン)
(日) 日本の北京占領。(この後通州事件)
(中) 中国の上海攻撃。(第二次上海事変)
(日) 日本の追撃戦。(南京・武漢・重慶)全面戦争化

日本は戦線を拡大する中でヨーロッパ情勢も絡み
東南アジアの資源地帯に狙いを付ける。
そこを支配する欧米列強と対立する事になり、
南部仏印進駐を以て石油の禁輸処置(ABCD包囲網)が採られる。
日本は交渉による打開に失敗。アジアを白人から解放するとの
大義名分を持ち出し、窮鼠猫を噛む戦争へと追いやられる。

196 :日本@名無史さん 2005/07/02(土) 08:59:58


>>195
盧溝橋事件自体は恐らく偶発的なもので、陰謀ではない。
しかし第二次上海事変は蒋介石が意図的に準備している。
南京陥落-漢口(武官)陥落以降は、
日本は対中政策を武力中心から政治中心に比重を移している。
その後、ノモンハン事件などソビエトとの対立が強くなり、
陸軍を中心に対ソ戦の研究を進めるようになった。
というところだろう。

俺は上海事変は蒋介石の壮大な釣りだと
石原莞爾作戦部長は理解していたと思う。


213 :日本@名無史さん 2005/07/02(土) 15:43:28

>>196
上海事変が蒋介石の「釣り」なのは確かだが、
いくらなんでもあそこで戦わないで逃げるなんてできるわけない。
そんなことしたら大日本帝国の威信はがた落ちだ。
日本が戦わなかったら、租界は蒋介石に接収されて
租界居留民は1927年の南京事件のように
略奪暴行を受けただろう。石原はそこのところが分かってない。
もっとも、租界居留民が暴行を受けた上で戦えば、
英米の世論も日本の味方にできたかもしれんが。



214 :日本@名無史さん 2005/07/02(土) 15:51:10

>>213
さすがの石原も一兵も出さないといったわけではないよ。
上海のみ抑えて拡大させたくなかったということ。


200 :日本@名無史さん 2005/07/02(土) 13:54:33

上海事変の要因は、日本の北支での行動。


572 :日本@名無史さん 2005/10/18(火) 15:51:57

熱河と華北分離はやらないほうがよかった



202 :日本@名無史さん 2005/07/02(土) 14:27:00

>>200
上海事変が蒋介石のワナという話と、
日本軍の中国進出の正邪とは別の話だよ。
中国進出の正邪ということになれば遼東半島を租借し
南満州の権益を得た日露戦争の戦後処理までさかのぼるからね。


42 :日本@名無史さん 2005/06/25(土) 19:43:59

南京虐殺を持ち出して、通州事件を隠蔽する中国。
通州事件の方が先に起きた。
南京虐殺を持ち出して、通州事件を隠蔽する中国。
通州事件の方が先に起きた。


12 :日本@名無史さん 2005/06/24(金) 00:11:32

通州事件

昭和12年7月29日、日本の傀儡政権の冀東政府(首都・通州)
22県のうち17県の保安隊と唐山交通大学、
各県の小学校教師らが一斉に反乱を起こし、
日本人居留民223人を惨殺。武器弾薬を奪って、
毛沢東の共産軍に逃亡した。冀東暴動ともいう。


4 :日本@名無史さん 2005/06/23(木) 21:09:36

消された「通州事件」
 
盧溝橋事件の約3週間後に起こった、
おそるべき虐殺事件についてご存知でしょうか。
北京の東にある通州というところで起きたこの「通州事件」は、
今ではほとんど語られません。学校の教科書には全く出てきませんし、多くの歴史書や年表にも殆ど載っていません。
若い人たちは、事件の名前すら知らない人が殆どでしょう。
この通州事件というのは、昭和12年(1937)7月29日に起こった、
中国人の保安隊による大規模な日本人虐殺事件です。
殺されたのは、通州の日本軍守備隊、日本人居留民
(多数の朝鮮人も含む)の約260名で、中国兵は、婦女子に至るまで、
およそ人間とは思えないような方法で日本人を惨殺したのです。
戦後の東京裁判で、弁護団は通州事件についての
外務省の公式声明を証拠として提出しようとしました。
しかし、ウェッブ裁判長によって、その申し出は却下されました。
この事件にふれてしまうと、日中戦争は日本だけが悪いと
言えなくなってしまうという判断があったからでしょう。
ただ、通州事件の目撃者による口述書だけは受理されました。


6 :日本@名無史さん 2005/06/23(木) 21:15:39

で、事の発端が、日本の傀儡政権たる「冀東防共自治政府」の
保安隊庁舎を日本軍が誤爆したためだってのはいわないの?

殺されたっていう「日本人」なるものの正体が朝鮮人だってのは、
あんまり気にしなくてもいいのかい?
こういう時だけ日本人にしてもらえて、朝鮮人は幸せだあw 



15 :日本@名無史さん 2005/06/24(金) 12:29:56

日本人居留民223人

半数は都合の良いときだけ日本人にしてもらえる朝鮮人
しかも麻薬密売商人
退避勧告が出されていたのに、
営業基盤を失いたくないと残留した結果

21 :日本@名無史さん 2005/06/24(金) 20:55:46

>>15
確か済南事件も同じような話だったよな。


16 :日本@名無史さん 2005/06/24(金) 12:40:00

冀東政府は謝罪と賠償をしてたな


17 :日本@名無史さん 2005/06/24(金) 13:09:26

冀東政府って、民国・中共双方から漢奸認定されてるじゃん


18 :日本@名無史さん 2005/06/24(金) 13:12:08

冀東政府長官は日本軍と行動をともにしたが、
戦後、中国で漢奸として処刑された。



110 :日本@名無史さん 2005/06/28(火) 00:13:49

中国共産党が、南京事件や大山中尉惨殺事件、
通州事件・廬溝橋事件など国民党と日本を戦わせるために、
挑発行為を繰り返してきたのに何で謝らんといけんだがね。

元々、蒋介石は日本留学していたように親日派だぞ。
むしろ、中国共産党の方が憎かったはずだが・・



185 :日本@名無史さん 2005/07/01(金) 16:43:07

軍務大臣現役武官制が致命的間違い



186 :日本@名無史さん 2005/07/01(金) 19:20:30

士官学校で政治・社会学を教えていないのも致命的



222 :日本@名無史さん 2005/07/02(土) 23:00:44

日中戦争という言葉は15年戦争と同じく左翼用語だろうが、
いつ頃から使われ始めたんだ?
日本史から見た「日中戦争」を語ろう→左翼が集うスレ
日本史から見た「支那事変」を語ろう→右翼が集うスレ



223 :日本@名無史さん 2005/07/02(土) 23:11:04

事変じゃなくて戦争なのは確か



235 :あまり美化できない戦争への道1 2005/07/03(日) 03:19:44

前段階

(日) 日露戦争に勝利。

中国東北部(満州)に鉄道権益。


(中) 蒋介石(中華民国・国民党)

が北伐で中国東北部の軍閥長、

張作霖を破る。

張作霖は北京政府を棄て後退。


(日) 満州確保を企む

日本軍が張作霖謀殺。

国民党の仕業にするがバレる。


(中) 張作霖の息子で

満州軍閥を継いだ張学良が反日。

満州軍閥が中華民国に従属。


(日) 満州事変。

終盤で長城を越えて北京を脅かす。


(日) 日本は国連で非難され脱退。


(日) 中国側に新たな傀儡政権設立。

北京周辺を中国から切り離す工作。


(中) 西安事件で

国民党・共産党が対日で一致。


237 :あまり美化できない戦争への道3 2005/07/03(日) 03:21:52

日本は自衛戦争を行ったと保守の人は言う。
しかし戦争への不可逆点は、
満州事変に続く北支への介入行動の可能性が強い。

盧溝橋事件に共産党スパイの謀略(国民政府と日本の共倒れ)が
介在している説を考慮しても、この事実は変わらない。


242 :日本@名無史さん 2005/07/03(日) 21:43:40

日中戦争は南京陥落後、傀儡政権を作って
中国をコントロールしようとしてから性格が変わった
それまでは広義の自衛戦争と言えなくもない
すなわち「邦人の生命財産の保護」


243 :日本@名無史さん 2005/07/03(日) 21:58:16

追討とはいえ、
上海から南京まで進んでしまうってのは飛躍があるよね。


277 :日本@名無史さん 2005/07/06(水) 09:54:13

「元来今次事変を以て抗日容共政策に対する膺懲なりとするは
”看板”にして実は新興国として伸び来れる
支那の成長力を一応破壊するに在り」
(野村外相宛加藤公使電信写 昭和14年12月6日)



282 :日本@名無史さん 2005/07/06(水) 20:26:22

>>277
マジ教えて欲しいんですが、その電信はどの本に出ていますか?
ここまで露骨な話は初めて見ました。


289 :日本@名無史さん 2005/07/07(木) 09:34:16

>>282
「近代日本の戦争と政治」 三谷太一郎 岩波書店 1997 p181
に引用されている。上記本の(注)によると、
原典は、「阿部信行関係文書」

>>283
支那駐在全権公使加藤外松



283 :日本@名無史さん 2005/07/07(木) 00:25:36

>>277
昭和14年12月といえば、ノモンハン事件後で、
汪兆銘の南京政府ができる直前だよな。
9月25日に野村吉三郎外相が就任しているな。
で、「加藤公使」って誰なんだろう?
ありふれた姓だから欧州にでも駐在していた人なのかな?



292 :日本@名無史さん 2005/07/07(木) 20:11:44

>>289
どうもありがとうございます。これはすごい話ですね。
加藤公使はその後フランス大使時代不審死していますね。
謀略という説もあったとか。



520 :日本@名無史さん 2005/10/15(土) 20:55:39

前近代的な戦争だろ
戦略より面子や感情が優先された無意味な戦争


552 :日本人 2005/10/17(月) 16:48:41

金持ち喧嘩せず。

貧乏人は戦争したがる。格言。



引用元 http://mimizun.com/log/2ch/history/1119525403/