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4 :日本@名無史さん 04/12/31 14:59:21

NHKでドラマ化されるのか


(管理人注:2005年の話です)

247 :日本@名無史さん 05/02/23 02:23:03

蘇我氏を滅ぼしたのと大化の改新は全然別だろ?

これって教科書での教え方に問題があるのか?


248 :日本@名無史さん 05/02/23 06:56:40

>>247
いや、密接に関係がある。

9 :日本@名無史さん 05/01/01 22:04:24

昔から否定説あるよね
「改新」はなかった
ただのクーデターだった
という内容だったと思う

11 :日本@名無史さん 05/01/01 22:21:02

俺は大化の改新=クーデターだと思っていたけど・・・


13 :日本@名無史さん 05/01/01 23:55:57

別に君主(天皇)廃して、新たな王朝や革命政府樹立では
ないから、クーデターではないでしょ。
ただの朝廷内の内部闘争でしょ。


14 :日本@名無史さん 05/01/02 00:13:59

>>13
権力内部で起きているから、クーデターなんじゃないのか?
あなたのいうのは革命でしょ?
新たな王朝というのは元祖の革命である易姓革命が有名。
日本には革命の歴史はありません。


15 :日本@名無史さん 05/01/02 03:30:41

>>13
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%AF%A1%BC%A5%C7%A5%BF%A1%BC

クーデター
一国の支配階級内において、不当な武力を用いて
権力を持つ者と持たざる者の位置が変わる政変のこと。
一般的にはよく混同されがちだが、
被支配者階級が支配階級を転覆させる革命とは全く異なる。
語源はフランス語の coup d'ètat より。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%BF%E3%83%BC


7 :日本@名無史さん 05/01/01 11:26:26

釈迦如来の出世の時の梵王・帝釈の如くにてこそあらまじなれども、
物部と守屋とを失ひし故に、只一門になりて位もあがり、
国をも知行し、一門も繁昌せし故に、
高挙をなして崇峻天皇を失ひたてまつり、王子を多く殺し、
結句は太子の御子二十三人を
馬子がまご(孫)入鹿の臣下失ひまいらせし故に、
皇極天皇は中臣の鎌子が計いとして、
教主釈尊を造り奉りてあながちに申せしかば、
入鹿の臣並に父等の一族一時に滅びぬ。

22 :日本@名無史さん 05/01/03 19:42:19

大化の改新で首都になるのは、
何と大阪の難波長柄豊埼宮なんだね。
法円坂にある難波宮史跡公園のところだね。


33 :日本@名無史さん 05/01/03 21:38:07

史実との整合性についてはさておき、なかなか面白かった。
どうせあの時代は学者の間でも電波説が飛び交ってるから、
最大公約数みたいな史実の枠をはみ出さないように
脚本を書いても仕方ないもんね。


41 :日本@名無史さん 05/01/03 22:03:51

入鹿のめざしたものと鎌足のめざしたものとの間に
どれほどの違いがあったのだろうか・・・


43 :日本@名無史さん 05/01/03 22:16:14

しかしえらい途中からはしょっていきなり
クーデターで終わりか。


46 :日本@名無史さん 05/01/03 22:18:09

で、このあと民衆はより苦しむ結果になって
またこんなはずじゃなかったと言うんだろうか。


50 :日本@名無史さん 05/01/03 22:31:25

天智天皇のもとで、

中央集権はさらに進んだわけだが


51 :日本@名無史さん 05/01/03 22:37:19

中大兄皇子は脇役っぽい設定だったな。
それにしても視聴率あげるために
今はやりの韓流ドラマみたいな三角関係まで
もちこんで、肝心の内容は薄っぺらかったなw
いきなりクーデターになってびっくりしたわw


58 :日本@名無史さん 05/01/03 22:50:03

ってかタイトルを「乙巳の変」にしろよって
感じの内容だったんですが・・

あと蘇我入鹿って南淵請安に教えを受けてたわけでしょ。
大化の改新で重要な中央集権国家体制という視点では
もっと描かれていい人物だと思ってみたり。

内容おかしくね?「入鹿がわるいから殺す」って薄っぺらい内容にしか見えなかったんだが。大化改新ってタイトルつけるなら
政治情勢とか突っ込むべきじゃなかったか?

韓流ドラマ見るオバハンに程度をあわせたらこんなもんか?
これがNHKか?受信料返せよ。
薄っぺらい内容なら民放でやればいいんだよ
俳優に美術セットにいっぱいお金かけましたねーwwwwwwwww

83 :日本@名無史さん 05/01/04 08:15:36

乙巳の変、という言葉自体、
日本史学以外の世界では流通度が低い。

ここはタイトルが大化の改新でも仕方ない。
暗殺のところで終わっても仕方ない。
古人大兄王が出てこないのも、
普段、日本史に触れたことのない人への配慮だろう。
あまり本格的にやると、せっかく興味を示してくれた初心者が
チャンネルを切り替えてしまうよ。ワケワカランとか言って。
俺達だって(小学生の頃)、一番最初にこの事件に興味を持った時の知識ってそんなもんだったじゃないか。
ただ、南淵請安を初めから入鹿・鎌足の勉強シーンに
登場させていないのは、御伽噺としても違和感があったとは思う。
弟子の中でも、中大兄王は別枠でもごまかしはできるのだが
(請安が邸宅に招かれて講義していたということにすれば何とか)。
これ以上書くと日本史板の範疇から外れるので、やめておく。


71 :日本@名無史さん 05/01/04 02:41:11

百済語喋るわ漢語喋るわ
実際に外国語を喋っていたという記述あるの?


94 :日本@名無史さん 05/01/04 19:23:10

>>71
>百済語喋るわ漢語喋るわ
>実際に外国語を喋っていたという記述あるの?

分からんが、この当時、日本語はまだなかったんじゃないの?

当時、百済人とは通訳なしで話してたらしいけど。


95 :日本@名無史さん 05/01/04 19:37:13

あるよ。
当時の日本語は支那語や百済語とは異なる。
古代の朝鮮半島は長年に渡って倭人の勢力圏だから、
百済人が倭国の言葉を話せるくらいは当たり前。


143 :日本@名無史さん 05/01/05 13:19:54

>>95
>古代の朝鮮半島は長年に渡って倭人の勢力圏
まじ?


98 :日本@名無史さん 05/01/04 21:32:06

>>95
倭人の言語はあっただろうけど、
現在に繋がる日本語はなかったと思われる。
日本語は七世紀に造られたものだと思う。
百済語か新羅語の文法を基礎にして単語をすべて
倭語に置き換えたりなんかして人工的に作った言語だと思う。


99 :日本@名無史さん 05/01/04 21:40:14

>>98
でもその古代朝鮮語ってのの文献資料はあるの?


100 :日本@名無史さん 05/01/04 21:49:56

>>98
岡田英弘の説ですな。


101 :日本@名無史さん 05/01/04 22:01:05

>>98
関ヶ原以来、薩摩が故意に
訛りを強化したという説みたいな電波だな。

わざわざ言葉を人工的に切り替えるなんて、どうやるんだよ?
昔ながらの言葉を使ってる者を処罰するような政策を続けない限り
無理な筈だが、そんな痕跡があるのかね?

114 :日本@名無史さん 05/01/05 00:51:24

古代朝鮮半島は倭人の勢力圏なのだから、
百済語や新羅語は倭人の言葉から生じた
方言である可能性が大きい。

しかし倭人の言葉を現代にまで伝えているのは
現代日本語だけとなり、
百済語や新羅語は文献等が極度に少なくて研究不可能の状態。
白村江以降、倭人の政権は朝鮮半島から撤退したので、
その後の朝鮮半島は女真族や漢族などの流入に伴って
言語も日本語からかけ離れていった。

奈良と同じ発音の単語が現代朝鮮語で
どのような意味を持つにせよ、
それは古代において倭人から伝えられた
言葉の名残であったのでなければ単なる偶然だ。


116 :日本@名無史さん 05/01/05 01:37:25

>114
漢字音等を見ると日本の方が自らかけ離れて行ったとしか思えんが。


118 :日本@名無史さん 05/01/05 02:05:25

日本語の漢字発音の方が正統派という事だね。

125 :日本@名無史さん 05/01/05 02:43:00

(漢字音) 一 二 三 四 五 六 七 八 九 十

北京語 イー アル サン スー ウー リュー チー パー チュー シー

広東語 ヤット イー サム セー ウン ロック チャッ パ カウ サップ

客家語 イッ ニー サーム シー ウン ロック チット パット キィゥー サップ
朝鮮語 イル イ サム サ オ ノク チル パル ク ジプ

日本語 イチ ニ サン シ ゴ ロク シチ ハチ キュー(ク) ジュー

http://www.kcn.ne.jp/~tkia/mjf/mjf-60.html

185 :日本@名無史さん 05/01/23 02:26:54

大化の改新とは、公地公民に代表される大王中心の
中央集権国家への変革のことを通常、指すでしょう?
あのドラマは改新を行うために障害となる
蘇我本宗家を滅ぼす「準備段階」の話のみ。
なので、あの内容で「大化の改新」という題名はおかしい。

ラブストーリーを否定するわけではないが、そんな時間があるなら
中大兄と鎌足が信頼関係を築いていく過程をもっと描くべき。
そこら辺が薄っぺらな内容に感じた最大の原因かと。
あれを観た小中学生が大化の改新を誤解してしまわないか心配。

個人的に古代は好きなので、ドラマになるのは嬉しい限りだが
あれなら年末にやってた「その時歴史は動いた」(黒幕軽皇子)
の45分の方がずっと内容が濃かったように思う。


190 :日本@名無史さん 05/01/23 15:23:05

入鹿は確かに帝の臣下だが、国への影響力は

入鹿>>>>>>>>>>山背大兄>>皇極帝 ぐらいでは?

蘇我家がある限り、中大兄の即位は未来永劫有り得ない。
それどころか山背大兄のように殺されてしまう危険すら…

誰を即位させるかは、入鹿の方針ひとつで決定されるんだから…
それなら皇極帝をあらかじめ取り込み、
入鹿討伐の勅命を出してもらった方がはるかに手っ取り早いはず。

でもそんな動きがあればすぐにでも帝のすげ替えを行なうか、
崇峻帝のように暗殺してしまうだろうね。
大体、ほとんどの軍も兵も牛耳ってるのは入鹿なんだから。

つまり、あの時点ではまず入鹿そのものを何とかしないと、
どうにもならないって事。
入鹿暗殺以外に政権を獲れる可能性はゼロに思えるのだが。

主観的分析スマソ


191 :日本@名無史さん 05/01/24 10:02:36

>>190
あの頃の朝廷軍って、物部(既に滅んだが)とか
巨勢とかの軍事担当氏族による言わば私軍に
発動を命じているのであって、
完全にコントロール可能なものではなかった。

大和朝廷そのものが豪族連合の性格を残してる時代な訳で、
大王よりも蘇我のようなリーダー的な家が
豪族を仕切ることだってありえた。

だからこそ律令国家への改造が急務だったんだね。
わかる気がするな。


192 :日本@名無史さん 05/01/25 14:45:19

だから、遠山氏の軽皇子黒幕説には凄まじく説得力がある。

中央集権の律令制度を20歳そこそこの中大兄が自ら考え、
しかも暗殺の実行役になるなど、どう考えても不自然だ。

一般的には全て鎌足が仕組んだように思われているが、
本来あの時点で政治的には全くノーマークの人物のはず。
例え本当に入鹿と仲のいい学友だったとしても、だ。
しかも鎌足も実行役だし。

入鹿を暗殺し、天皇の権威を復活させ、
来るべき半島での権益争いや唐の脅威に備えるため
国の方針を天皇中心に一本化しようと軽皇子が決心し、
中大兄と鎌足、石川麻呂らを動かしたのだと考えると本当に自然。

あのドラマでは軽皇子はアフォみたいな役だったが、
次の孝徳帝は彼だしね。

第一あのくらいの大物がバックにいなけりゃ、
中大兄や鎌足のような下っ端がそんな簡単に
時の最高権力者をハメれるはずないだろう。


193 :192 05/01/25 14:52:01

補足

その為には山背大兄も邪魔だったので入鹿を使い真っ先に…

そう考えると孔明真っ青の計略家だわな~。


219 :日本@名無史さん 05/01/28 10:38:24

中大兄、鎌足なんて乙巳の変の時はただの鉄砲玉みたいなもんだろ


220 :日本@名無史さん 05/01/28 14:40:11

>>219
いや、本来の鉄砲玉は網田と子麻呂だよ。
しくじった時の為に鎌足が弓で構えてたのだろう。
もともと中大兄は、事の正当性を母親でもある
皇極帝に説明する役割があったはず。

成功しても命がないかも知れないのは網田と子麻呂。

失敗すれば命が無いのは中大兄と鎌足も含む。

首謀者は何とか生き延び、
次の機会を狙うことを事前に仕組んでいるはずだから
あの場で一番目立っていなくて、一番得をする人物である軽皇子。

中大兄と鎌足は、さしずめ中間管理職的立場でしょう。


221 :日本@名無史さん 05/01/28 21:22:11

暗殺が失敗して、現場にいた人間が口封じのため
全員死んだとして、次の機会などあったのかな?

逆に考えて、中大兄がクーデターに参加したのはなんででしょう。
しかも、結構危険が伴いそうな役目で。

軽皇子(孝徳)の次の皇位を確実に狙うため?

古人大兄のほうが皇位継承争いで有利だったとしても
中大兄がばくちを打たなくても、
古人の次に即位出来なかったのかな?

年も若いし、蘇我本家のライバルとなる
有力な支援者もいなさそうだから、
排除されるような立場ではないような気がします。

222 :日本@名無史さん 05/01/29 01:13:44

>>221
やはり古人大兄が即位してしまうと、
流れを戻すのは容易でなくなると思う。
そうなれば中大兄にしても軽皇子にしても
吉野あたりに出家し、
結果山背大兄と同じ道を辿らざるを得なくなるだろうね。

次の機会としては…
やはり壬申の時、大海人が採った方法しかないかも…


188 :日本@名無史さん 05/01/23 12:43:40

けっきょくドラマでは、
好戦派の独裁者をぬっ殺せってのが、行動の動機?
そう思うよ、ドラマ見た人は。たぶん古代においては、
朝政の場を血で汚すなんて大逆にも匹敵する行為だよ。
皇極女帝の面目まる潰れじゃん。
実の子とはいえ、倫理的に許されんと思うよ。
中大兄がまず皇位を継いでから、臣下の入鹿を退けて、
謀反を企てれば兵を挙げて撃つというのが、王道ではないか?


189 :日本@名無史さん 05/01/23 13:11:59

>188
確かに動機そのものへの批判は倫理的には理解できますが、
史実では暗殺が成立してしまってますので、
その状況にケチつけても今更しょうがないことかと・・・・


223 :日本@名無史さん 05/01/29 11:08:33

この前鉄板の「京浜東北線スレッド」を見ていて
(沿線に住んでるもので)、偶然リンク先を開いたら、
何とイラクでの日本人人質殺害映像!ショックでした。
で、あれを見てすぐに連想したのは「大化の改新」でした。
入鹿も首チョンパでしたし、今も首塚あるし。
生々しく大化の改新の恐ろしい現場を実感した次第です。


224 :日本@名無史さん 05/01/29 12:18:37

>>223

入鹿は首チョンパではない。

例の絵巻は室町時代に描かれたもので
事実そのままの描写ではないし、書紀にもそんな記述は無い。

確かに恐ろしい現場だったのだろうけど、
権力争いなど今も昔もそんなモノだし、
もっともっと凄惨な場面なら歴史上いくらでもある。
なにより殺る方も殺られる方も一歩間違えば逆転するという、
お互いまさに命がけの行動で、決して一方的なものではない。

時代背景や様々な事情を無視して、
人質殺害と乙巳の変を結び付けてしまうのは
あまりに短絡的と思うのだが。

と、一応釣られてみるw

232 :日本@名無史さん 05/01/30 13:43:44

>>224
>>入鹿は首チョンパではない。

じゃあどうやって殺害されたの?
じゃあ首塚の首は殺害後に斬られたの?


234 :日本@名無史さん 05/01/30 17:00:11

>>232
まず、飛び出した中大兄に頭から肩にかけて斬られ、
子麻呂に足を斬られた。そこで入鹿は
何故自分が斬られなければならないかの理由を問う。
中大兄は入鹿が大王家転覆を狙う大罪人だと皇極に説明。

皇極は何も言わず立ち去ってしまう。

その直後、入鹿は子麻呂と網田にとどめを刺され、
その遺体にはムシロをかけられ雨降る中、中庭に放置された。

その後、遺体はそのまま蝦夷のもとに送られたため、
蘇我邸では弔い合戦の準備が進められたが、
巨勢徳陀の説得により主力の漢直らが降伏。

これまでと悟った蝦夷は館に火を放ち自害。
翌日、中大兄は蝦夷、入鹿親子の埋葬を許す。

大まかに言うと書紀では上記のような記述になってます。

どこにも首チョンパの記述は出てこないです。
首塚があるから、首チョンパでなけばならないと考えるのは
本末転倒で、罪人の供養碑を「首塚」なのだと
解釈してもおかしくはないのでは?

104 :日本@名無史さん 05/01/04 22:13:30

入鹿が死ぬ時、もう後戻り出来ぬぞ、って
言葉には少し感慨を覚えた。
その後の藤原氏の隆盛を見れば、
強い権力者がいることで国家は平安を保つ。
それ故権力者は必ず血みどろの政争に勝たねばならない。
悲哀を感じた。


引用元 http://mimizun.com/log/2ch/history/1104466938/