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1 :ありそうでないが 2001/06/14(木) 19:58

この2人を軸に対日戦の展開や
2人の党内の権力闘争の中でいかにのし上がったのか。

シーアン事件でなぜ国共合作に繋がっていくのか。

戦後の内戦で装備兵力ともに優勢な国民党がなぜ敗北したのか。

さらに毛沢東は台湾攻略を何故敢行せずに
なぜ朝鮮戦争の方に兵力を裂いたのか

そういった中国現代史を語りましょう!
なお、中国板は荒れているので
こちらで立てるという事でお願いしますネ。

45 :世界@名無史さん 2001/06/21(木) 17:24 


わりとありがちな説明としては、
国民党軍が日本の主力軍と戦い
共産党軍が日本の非主力軍と闘っていたので、
終戦後の疲弊度がまったく違い、
余力の乏しい国民党がわが負けた。 というハナシ。
2 :αジョーカーω 2001/06/14(木) 20:14

第二次国共内戦で国府軍が破れた最大の要因は、
ワイマール時代のドイツを凌ぐ
史上最大のハイパーインフレを起こし、
これに何らの手を打てなかった事と、規律が乱れに乱れ、
将兵や役人の悪事が凄まじかった事。

一方、中共軍は小作農に(地主を処刑して)土地を
配分した事と、規律正しかった事で人民の支持を得たから。
な~んて、単純過ぎる説明かな?

4 :世界@名無史さん 2001/06/14(木) 20:27

>>2
確かに人民銀行券(て言うのかな?)の方が
信頼度が高かったらしいね


5 :しかし 2001/06/14(木) 21:17

国民党軍は米国から多額の援助を受け、武器も共産軍より
質量ともにうわまわっていたはずだが・・・・・・


9 :世界@名無史さん 2001/06/15(金) 15:49

>>5
共産軍は大戦中、イギリスから武器の援助を受けていたと
聞いたことがある(インドから崑崙へ武器弾薬を空輸していた)。
 
量はともかく、質の点では国民党軍との差はなかったのでは。
投降した日本軍の兵器も余っていただろうし。

関東軍と激戦を繰り広げた八路軍って
どっちの陣営の部隊だったんだろ? 


6 :世界@名無史さん 2001/06/14(木) 23:19

国民党は旧満州での敗北から
なだれを打ったように負けていったな。
共産党は旧満州勢力の武装解除と
ソ連の支持があったけど、勝算は微妙だったんでは?


15 :世界@名無史さん 2001/06/16(土) 06:44

>>6
ソ連が旧満州で日本軍の武器を
共産党に与えるなどして積極的に支援したんですね。
だから満州がソ連軍の手に落ちたというのは
国民党にとって痛かった。

たしかアメリカが国民党の対共産党攻撃の動きを
抑制させるようなこともしたはずです。

10 :
  2001/06/15(金) 15:53


八路軍=共産軍


40 :世界@名無史さん 2001/06/17(日) 20:33


対日戦・国共内戦の犠牲者数について信頼できる資料は何?

41 :世界@名無史さん 2001/06/21(木) 09:29

>40
中国共産党政府は、3200万人としている。


33 :世界@名無史さん 2001/06/17(日) 01:34

中国は広いし、軍閥崩れや大陸浪人崩れの山賊もいた。
こういった勢力プラス日本軍、国民党軍、共産党軍もいた。
まさに乱戦だったのだと思うね。


23 :日本@名無史さん 2001/06/16(土) 13:31

日中戦争に行ってたジィちゃんが言ってたけど、
当時の中国側の国共合作は末端まで行き届いておらず、
実際は日・国・共の三巴で

「今日は国民党を攻撃する」

と命令を受けたら共産軍といっしょに攻撃するし、
共産軍を攻撃する時は国民軍と協力するし
国民軍と共産軍の連合軍に攻撃を受ける事もあるしと、

「よくわからん戦争だった」

と話していたな。

25 :世界@名無史さん 2001/06/16(土) 14:53

ある意味三国志だな


26 :世界@名無史さん 2001/06/16(土) 21:56

さらに南京政府や新京政府もあったりで
本当に中国はわけが分からん状態だったんだろうな。


24 :世界@名無史さん 2001/06/16(土) 13:36

そういうデタラメな戦争を後になって
もっともらしく意味付けしようとするから
あれこれ捏造も必要なわけかな。


29 :世界@名無史さん 2001/06/16(土) 23:15


疑問に思うんだが、毛はなぜ
台湾に渡った国民党を追撃しなかったんだ?
むしろ2年後の朝鮮戦争に介入しているね。

NHKで+スターリンと密約があったような事を
かなり前にやっていたけど
マッカーサーが北を滅ぼした後に
本土に侵攻するような事態を恐れて
台湾よりも半島情勢を優先したの?


30 :七資産 2001/06/16(土) 23:20

>29
よくわからんが海軍力の問題?
それで即侵攻できずにいたところ朝鮮戦争が起こって
米第7艦隊が台湾海峡を防衛することになり以後全く
見込みが立たなくなったということじゃなかろうか。


31 :世界@名無史さん 2001/06/16(土) 23:26


1948年当時、国民党は中国本土の陸軍戦力は
ほぼ壊滅したけど台湾に海軍戦力を保持していたの?
そうでなければ即刻共産軍は海を渡っていたと思うし
もうひとつは金門や馬祖島も本土からすぐなのに攻略しなかった。

台湾自身は海軍で阻止できたとして
この2島も奪取できないままですね。
何か理由があるんでしょうか?


43 :
世界@名無史さん 2001/06/21(木) 13:05


>>31
国民党が逃げ込んだ海南島は攻略しましたけどね


32 :世界@名無史さん 2001/06/17(日) 01:10

海を越えて敵地に侵攻するには圧倒的なほどの戦力が必要。
とくにそれが島である場合、絶望的なほど困難な作戦となる。

現代においてそのような戦力を保有する国は米国だけだろう。
ソ連にもそのような戦力は無かった。

12 :世界@名無史さん 2001/06/16(土) 01:37


社会主義革命バラ色史観はもう止めて欲しい。
中国共産党はスターリンよりも前に
農村部で凄まじい赤色テロルを行った。

これは富裕層に対する生き埋めや食人も含む。
+日中戦争中は出来るだけ日本軍との戦闘を避け、
むしろ国府軍の拠点を教えた。

北京に人民政府が樹立された後も、
全ての中国人が歓喜の声で毛沢東を承認したわけではなく、
各地に残っていた地方保安隊と数十万の人々が反乱を起こした。
共産党の統治の仕方は今日まで一貫して軍事独裁であり、
民衆は自発的意思よりも恐怖によって従ってきたんだと思う。


34 :世界@名無史さん 2001/06/17(日) 10:17

>>12
政権を取るよりはるか前の時代に
農村ですさまじい赤色テロを行っていたなんてことは
今でも一般にはあまり知られてなくない?
ちょっとソースを紹介してもらえるといいけど。

何しろ「共産党は農民の支持を得て、、、」

なんてのが最近まで日本でも盛んに言われてきたことでしょ。

35 :世界@名無史さん 2001/06/17(日) 17:42

>>34
地主層に対する迫害は前々から日本でもいわれていたよ。
ただ、それによって農民の支持を
得たってことになっていたんだけど。


37 :世界@名無史さん 2001/06/17(日) 18:19

>>35
赤色テロルや内戦での戦死者も、
総て日本軍が殺したことになっているらしい。
それで「日中戦争の犠牲者2000万人」
トンデモ説が飛び出すわけだ。


44 :世界@名無史さん 2001/06/21(木) 17:14

光人社から出ている「憲兵物語」という本に、

「共産党はあちこちの村で人民裁判を行い、
村人全員で被告の処刑の決を取った。
その際、処刑に賛成しなかったものには、
コッソリと襟に印を付けておき、
一人だけになった時を狙って暗殺していた」

という記述がある。
赤色テロルとは、このような行為をいうのかな?

憲兵物語の詳細。
http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=jb&id=19900512


16 :世界@名無史さん 2001/06/16(土) 07:04

>>12
共産党軍も国民党軍もやってたことは
五十歩百歩ってところだよ
(w 部隊によって規律も士気も差があったかも知れないが。

 
スターリンは蒋介石が戦後の中国を支配すると
考えてたようだけどもね。とんだ見込み違いだった。


50 :世界@名無史さん 2001/06/22(金) 02:04


蒋介石夫妻が住んでいた家などを見ても、
あかぬけした上品な家だ。
彼らが腐敗堕落した人間たちと言う説が
勝った共産党政府の宣伝と
戦後日本の教育界、ジャーナリズムの影響がある可能性を
検討の余地があるのでないか?


51 :αジョーカーω 2001/06/22(金) 02:51

>50
蒋介石が、金銭欲の怪物であり、青幇メンバーで、
殺し屋兼金融ゴロ兼麻薬業者である(あった)、
と盛んに宣伝したのは、戦時中の日本。
ただ、あながち、嘘ばかりではない。


52 :世界@名無史さん 2001/06/22(金) 08:16

>>50
蒋介石は知らないけど、国民党が腐りきっていたのは確か。
中国の支配者としては普通だったのかもしれないが。

台湾に国民党が来たとき、台湾人が
「犬が去って豚が来た」と嘆いたのは有名。


58 :αジョーカーω 2001/06/22(金) 19:33

蒋介石は、宋美齢と結婚してから、
妻と同じメソディスト派のクリスチャンとなり、
酒も煙草も断ち、(それ以前は女誑しだったが)愛人も
作らなかった―宋一族の力が衰えても、
それは変らなかった―。

蒋介石個人の人格問題よりも、国民党及び国民政府が
官弁と軍閥と黒幇の政権と言っても過言ではなかった事、
英米仏と日本の植民地主義が取り巻く当時の
中国社会全体に原因があろう。


59 :世界@名無史さん 2001/06/22(金) 21:29

宋夫人は絶世の美女だったらしいからなあ。

しかし!

チンバンのとげつしょう(字出ない)の
愛人であっという噂もあるぞ。
無論蒋介石と知合う前なんだけど。
とげつしょうと蒋介石は黒い話が至るところにあり、
台湾に渡った後も陰に陽に蒋介石を助けたらしいね。


60 :αジョーカーω 2001/06/24(日) 00:47

>59
杜月笙は、青幇の大親分
(勿論、本人は縁も所縁も無いと、言い張っていたが)
であるだけではなく、
麻薬ビジネスで儲けたカネで銀行家にまでなった。

また、更に重要な事は、蒋介石の上海クーデターで、
労働者・共産党員を大虐殺した事。
これで、藍衣社かCC団の幹部などの肩書きも得た。

宋一族との繋がりも強く、宋美齢の勧めで、
メソディスト派の洗礼を受けた。
以前に、宋美齢が愛人だったという噂も
出鱈目ではないのかもね。


14 :世界@名無史さん 2001/06/16(土) 03:23

とにかく東北戦役で最新鋭部隊を壊滅されたのが痛い。
その意味で共産中国成立の立役者は林彪と言えるのでは。


66 :世界@名無史さん 2001/07/01(日) 14:44

その東北戦役って、どうやって共産党が国民党に勝ったんだ?

軍事板の方がいいかも知れんが、概略だけ教えてくれ。
兵器がどうこうの細かい話はいらんから。


67 :世界@名無史さん 2001/07/01(日) 14:54

武器のことになってしまうが、
日本軍からの大量の捕獲武器をソ連軍が
中共軍に渡したのがひとつの大きな要因だろう。


68 :世界@名無史さん 2001/07/01(日) 19:38

楽勝ムードでなだれ込んだら予想外の反撃で、
カウンターを食らったってとこかな。


48 :世界@名無史さん 2001/06/21(木) 20:46


後退戦術は共産党お得意の戦法


47 :世界@名無史さん 2001/06/21(木) 20:30

蒋介石は雑軍(地方軍閥)を前面に出し、
日本軍と戦わせて消耗させる方針を採った。
国民党中央軍及び共産党軍はほとんど戦っていない。

共産党軍も赤色軍閥というところだが、
平型関の戦い以外はノラクラ逃げ回って力を蓄えた。
戦後の内戦で蒋は最精鋭部隊を先頭に出し、
連戦連勝で突っ走った結果が東北戦役での袋のネズミ。
これで国民党軍は腰砕けになってしまった。


53 :世界@名無史さん 2001/06/22(金) 08:30

>>47
> 蒋介石は雑軍(地方軍閥)を前面に出し、
> 日本軍と戦わせて消耗させる方針を採った。

蒋介石は1937年に日中全面衝突が勃発した際には、
日本軍が上陸してから南京城にとりつくまでの迎撃に、
直属の最精鋭部隊を投入し、その部隊が壊滅するまで頑張った。

蒋介石が武漢を経て重慶へ逃げ、
「雑軍(地方軍閥)を前面に出す」ようになったのは、そのあと。


49 :αジョーカーω 2001/06/21(木) 21:15

その通り。蒋も毛も第二次国共内戦を予期して、
軍事力を温存していた。
これがアメリカの怒りを買ったらしい。


54 :53 2001/06/22(金) 08:35

>>49 αジョーカーω
> その通り。蒋も毛も第二次国共内戦を予期して、
> 軍事力を温存していた。

蒋介石は1937年に日中全面衝突が勃発した際には、
日本軍が上陸してから南京城にとりつくまでの迎撃に、
直属の最精鋭部隊を投入し、その部隊が壊滅するまで頑張った。

黄仁于の『マクロヒストリーから見る蒋介石日記』を参照のこと。


61 :>54 2001/06/24(日) 00:53

あれはドイツの軍事顧問団が残した
強固なトーチカがあったからだよ。
上海戦で敗退してからは蒋直系の部隊は全然前面に出てない。


55 :世界@名無史さん 2001/06/22(金) 16:04

>>54
最初はそうだったが、日米開戦以降は、
米式装備の精鋭師団は使っていない。


56 :αジョーカーω 2001/06/22(金) 17:03

>54
南京近辺での国府軍に激しい抵抗は、
日本軍の予測外だったそうですね。
ただ、55さんのい言う通り、
日米開戦後は、精鋭師団を投入せず、
特に1944年(昭和19年)からは、兵力温存に努めた。


57 :αジョーカーω 2001/06/22(金) 17:21

また、光復の際に、日本軍占領地域の人々は、
青天白日旗を振り、爆竹を鳴らし、蒋介石万歳を叫んだが、
国民党政府が戻って来た途端にその熱は冷却してしまった。

国府及び国民党は、
日本人や漢奸の資産を押収して自分達のポッポに入れ、
”仇を以って仇に報いず”演説で涙した日本人を裏切ったばかりか、
中国の民衆をも裏切ったのだ。

不正・汚職・アメリカへの従属・労働者虐殺・言論人の暗殺など、
余りに酷く、おまけにハイパー・インフレと大飢饉。
また、国府軍兵士による略奪も目に余る程であった。


63 :53=54 2001/06/29(金) 13:17

>上海戦で敗退してからは蒋直系の部隊は全然前面に出てない。

だから、蒋が黄ホ軍官学校の校長に就任して以来、
10年以上かけて営々と育成してきた「蒋直系」の精鋭部隊は、
南京陥落に先立つ迎撃戦の過程で壊滅したんだって。

その片の若者をかり集めて、
米国産の最新鋭の装備だけ身につけさせたところで、
それだけで「精鋭部隊」になるわけではない。

日本との戦いの中で、虎の子の精鋭部隊をうしない、
自分の地盤から離れて
七年も流浪せざるを得なかったということは、
蒋と毛の資質の差以上に、国民党と共産党の天下争奪に
大きな影響を及ぼしたことは間違いない。


7 :世界@名無史さん 2001/06/15(金) 00:01

純粋に戦略戦術の能力を比較すれば
毛沢東と蒋介石とでは雲泥の差。

将帥の差を金や兵器じゃ埋められなかったって事ですな。


引用元 http://mimizun.com/log/2ch/whis/992516307/