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2: 名無し三等兵 03/12(月) 14:47

左ノ電文ヲ次官二御通報方取計(とりはからい)ヲ得度(えたし)

沖縄県民ノ実情二関シテハ県知事ヨリ報告セラルヘキモ 
県ニハ既二通信力ナク 32軍司令部又通信ノ余力ナシト認メラルニ付 
本職県知事ノ依頼ヲ受ケタルニ非(あら)サレトモ 
現状ヲ看過(かんか)スルニ忍ヒス 之二代ツチ緊急御通知申シ上クーー

ーー若キ婦人ハ率先軍二身ヲ捧ケ 
看護婦烹飯婦ハモトヨリ砲弾運ヒ挺身斬込隊スラ申出ルモノアリ 
所詮(しょせん)  敵来リナハ老人子供ハ殺サレルヘク 
婦女子ハ後方二運ヒ去ラレテ毒牙二供セラルヘシトテ 
親子生別レ 娘ヲ軍衛門二捨ツル親アリ 

看護婦二至リテハ軍移動二際シ 
衛生兵既二出発シ身寄リ無キ重傷者ヲ助ケテーー

ーー沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ 県民二対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲー―

201: 名無し三等兵 04/11(水) 01:10

>>2

に極めて近い内容だけど、沖縄第32軍の袂別電報の最後

矢弾尽き天地染めて散るとても
    魂還り魂還り 皇国護らん

秋をも待たで枯れゆく島の青草は
    皇国の春に  よみがえらなむ

最初に読んだ時、この「魂還り魂還り 皇国護らん」って所で号泣した。
合掌。

3: 名無し三等兵 03/12(月) 14:50

泣けるね、もっとくれ
7: 名無し三等兵 03/12(月) 15:12

>ー沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ 県民二対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲー

この一文がホント泣ける。報われないよなぁ。

1: 名無し三等兵 03/12(月) 14:46

『佐久間艇長遺言』(昨日海軍省より発表)

小官の不注意により陛下の艇を沈め部下を殺す,誠に申し訳なし。
されど艇員一同死に至るまで皆よくその職を守り沈着にことを処せり。

我等は国家のため職に斃れしと雖も唯々遺憾とする所は
天下の士はこれを誤り以って将来潜水艇の発展に
打撃を与ふるに至らざるやを憂ふるにあり。

希くば諸君ますます勉励以ってこの誤解なく
将来潜水艇の発展研究に全力を尽くされんことを。
さすれば我れ等一も遺憾とするところなし。

  沈没の原因
 
瓦素林潜航の際過度深入せしため
「スルイスバルブ」をしめんとせしも
途中「チェン」きれ依って手にて之れをしめたるも後れ後部に満水せり。
約二十五度の傾斜にて沈降せり。

  沈据後の状況

 一,傾斜約仰角十三度位

 一,配電盤つかりたるため電灯消え,
電纜燃え悪瓦斯を発生呼吸に困難を感ぜり。十五日午前十時沈没す。
この悪瓦斯の下に手動ポンプにて排水に力む。

 一,沈下と共に「メンタンク」を排水せり,
灯消えゲージ見えざれども「メンタンク」は排水し終われるものと認む。
電流は全く使用する能わず,電液は溢るも少々,
海水は入らず「クロリン」ガス発生せず唯々頼む所は手動ポンプあるのみ。
(后十一時四十五分司令塔の明りにて記す)

溢入の水に浸され乗員大部衣濕ふ。寒冷を感ず。
 
余は常に潜水艇員は沈置細心の注意を要すると共に
大胆に行動せざればその発展を望む可からず,
細心の余り萎縮せざらんことを戒めたり。
世の人はこの失敗を以って或いは嘲笑するものあらん。

されど我れは前言の誤りなきを確信す。

 一,司令塔の深度計は五十二を示し排水に勉めども
十二時迄は底止して動かず,この辺深度は十尋位なれば正しきものならん。

 一,潜水艇員士卒は抜群中の抜群者より採用するを要す,
かかるときに困る故。幸ひに本艇員は皆よく其職を尽せり,満足に思ふ。

我れは常に家を出づれば死を期す。
されば遺言状は既に「カラサキ」引出の中にあり
(之れ但私事に関すること,いふ必要なし,田口,浅見兄よ
  之れを愚父に致されよ)

 公遺言
謹んで陛下に白す 
我部下の遺族をして窮するものなからしめ給はらんことを,
我が念頭に懸るもの之あるのみ。

左の諸君に宜敷(順序不順)
斉藤大臣 島村中将 藤井中将 名和少将 山下少将 成田少将
(気圧高まり鼓膜を破らるる如き感あり)

小栗大佐 井出大佐 松村中佐(純一) 松村大佐(竜) 松村少佐(菊)
                         (小生の兄なり)
 船越大佐
 成田鋼太郎先生 生田小金次先生
 十二時三十分呼吸非常にクルシイ
 瓦素林ヲブローアウトセシシ積モリナレドモ,ガソリンニヨウタ
 中野大佐
 十二時四十分なり

50: 名無し三等兵 03/24(土) 13:52

>>1

そう言えば佐久間艇の引き上げ後、
乗員が全員持ち場を離れずそのまま死んでいたのは
世界中が驚愕したとか。

ちなみにほぼ同時期にイタリア艇が沈没したときは
乗組員は、ハッチ周辺で折り重なるように死亡していたそうです。

5: 名無し三等兵 03/12(月) 14:59

>>1
江田島記念館に遺書が展示されているので機会があったら見に行って
みましょう。酸欠に悩まされながら書き続け、段々と筆跡が乱れて
文字が大きくなっていくのに心を打たれました。

6: 名無し三等兵 03/12(月) 15:09

硫黄島守備隊の玉砕に際しての電文

「チチジマノミナサン、サヨウナラ」

8: 名無し三等兵 03/21(水) 01:39

セブ島から特攻出撃した大和隊隊員植村少尉が
幼いわが子にあてた遺書。


素子 素子は私の顔を能く見て笑いましたよ。
私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入ったこともありました。

素子が大きくなって私のことが知りたい時は、
お前のお母さん、佳代叔母様に私のことをよくお聞きなさい。
私の写真帳もお前のために家に残してあります。

素子という名前は私がつけたのです。
素直な、心の優しい、思いやりの深い人になるようにと思って、
お父様が考えたのです。

私はお前が大きくなって、立派なお嫁さんになって、
幸せになったのを見届けたいのですが、
若しお前が私を見知らぬまま死んでしまっても、
決して悲しんではなりません。


お前が大きくなって、父に会いたいときは九段にいらっしゃい。


そして心に深く念ずれば、必ずお父様の
お顔がお前の心の中に浮かびますよ。
父はお前が幸福者と思います。

生まれながらにして父に生き写しだし、他の人々も素子ちゃんをみると
真久さんにあっている様な気がするとよく申されていた。

またお前の伯父様、叔母様は、
お前を唯一の希望にしてお前を可愛がって下さるし、
お母さんも亦、御自分の全生涯をかけて
只々素子の幸福をのみ念じて生き抜いて下さるのです。

必ず私に万一のことがあっても親無し児などと思ってはなりません。

父は常に素子の身辺を護っております。
優しくて人に可愛がられる人になって下さい。

お前が大きくなって私のことを考え始めたときに、
この便りを読んで貰いなさい。

昭和十九年○月某日      父

植村素子へ
追伸 素子が生まれた時おもちゃにしていた人形は、
お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りにして居ります。
だから素子はお父さんと一緒にいたわけです。
素子が知らずにいると困りますから教えて上げます。

55: 名無し三等兵 03/24(土) 22:13

>>8

植村素子さん、この遺書のおかげで幸せな人生を送っていると信じたい。

14: 名無し三等兵 03/22(木) 18:19

8の出典は「きけわだつみの声」かな。
初めて目にしたけどこれはキッツイね。
泣かせどころ満載。

15: 名無し三等兵 03/22(木) 18:25

>>14
まじ、目頭が熱い、、

19: 名無し三等兵 03/22(木) 23:31

>8
この間靖国に行ったとき、
ちょうど特攻関係者の展示をやっていたんだけど、
そこに展示されていた遺書の数々を読むと、思わず目頭が熱くなり、
涙を流すまいと歯を食いしばって耐えたよ。

結構みんな俺より若いんだよな、特攻隊員。
今の俺に死を前にしてあんな文がかけるだろうか。心が痛かった。

しかしあそこにたむろする、
ヤクザまがいの右翼はどうにかならんもんだろうか(憂

20: 名無し三等兵 03/22(木) 23:37

>8
こばやしよしのりの戦争論に引用されていましたね。
絵が入ると泣けます。ていうか泣きました。
あと、靖国に来れば私に会える とかいう文もあったような

たとえこの身は南海に散るとも いく年のちの春を思えば・・・
紫電改の機体に彫られてあったそうな

22: 03/22(木) 23:58

>>20

なんか反応の多さにびっくりです。
比較的古典的でしょう?これ?

>靖国にくれば・・
引用文の「九段にいらっしゃい」がそれにあたるんじゃない?
靖国神社は九段下にあるし。

誤解ないように一応いっときますが、
こばやしよしのりは大嫌いですといっておきましょう。

18: 名無し三等兵 03/22(木) 23:26

落合信彦の本からだからそのつもりで(笑)。オイラが泣いたのはこれ。

ノルマンディ上陸作戦で戦死した兵士のポケットに入っていた紙に書かれていた、

 I die today, for your tomorrow.
 (あなた達の明日のために、僕は今日死ぬ)

21: 大渦よりの来訪者 03/22(木) 23:49

一度だけ出撃して壊滅したと言う
独逸の体当たり特攻部隊の最期の通信文、
いつかどこかのスレで出ていたと思うのですが、
ご存知の方いらっしゃいますか?

23: 名無し三等兵 03/23(金) 00:09

>>21
懐かしい。それ書き込んだのたぶん私だ。でもって再び。
「エルベ特別攻撃隊」ってドイツ空軍体当たり部隊。手持ちの本から引用。

『そして1945年4月7日にマグデブルグ上空で
ベルリンに向かうB-17の大編隊を迎撃し、パイロット達は突進の途中で

「忘れるな。奴らに殺された我らの母を。子供を」

と無線機に絶叫しながら、B-17の尾翼めがけて突進した。』
276p 第二次大戦航空史話(上) 秦 郁彦著 中公文庫

ソーゼツです。突っ込む方も、突っ込まれる方も……。

24: >23 03/23(金) 00:12

何故尾翼なのですか?
もっとも致命的なダメージを与えられるから?

秦さんの本はイイヨネ。俺も愛読しとります。

26: Mr.名無しさん 03/23(金) 00:31

油圧の関係では?>尾翼狙い

27: 少佐 03/23(金) 00:35

>>24
B-17へ正面上方から突っ込むため、
被弾等で失速して機首前方を航過することを防ぎ
命中精度向上を図る理由から、尾翼を突入目標とするものと愚考する。

28: 03/23(金) 00:41

>>27

ありがとう偽少佐(笑

29: 大渦よりの来訪者 03/23(金) 01:01

>>28

本物かもしれないだろ(笑)
23殿、どうも有り難うございます。
いつも心の何処かに引っ掛かっていた話でした。
………しっかし、エンジン全開だと無線が使えない日本機って、
実はこんな場所でも損してたんですね。

33: 名無し三等兵 03/23(金) 19:29

佐藤章

菊水隊 イ36潜、イ37潜、イ47潜

昭和19年11月8日出撃

妻への手紙

まりゑ殿

かねて覚悟し念願していた「海い征かば」の名誉の出発の日が来た。

日本男子として皇国の運命を背負って立つは当然のことではあるが
然しこれで「俺も日本男子」だぞと、自覚の念を強うして非常にうれしい。

短い間ではあったが、心からのお世話になった。
俺にとっては日本一の妻であった。

小生は何処に居らうとも、君の身辺を守っている。
正しい道を正しく直く生き抜いてくれ。
子供も、唯堂々と育て上げてくれ。

所謂偉くすることもいらぬ。金持ちにする必要もない。
日本の運命を負って地下百尺の捨石となる男子を育て上げよ、
小生も立派に死んでくる。

充分体に気をつけて栄へ行く日本の姿を
小生の姿と思いつつ強く正しく生き抜いてくれ。

大東亜戦争に出陣するに際して

昭和十八年九月二十一日



まりゑ殿

34: 海の人 03/23(金) 20:39

なんで、こういう生きて戦後の日本を
背負って立たなくちゃいけない人間ばっかり先に死んだかなぁ。
結局生き残るのは少数のまともな人間と、
大多数の辻とか瀬島みたいなのばかりか、ため息が出ますね。

35: 名無し三等兵 03/23(金) 20:40

源田も生き残ったし

36: 名無し三等兵 03/23(金) 21:05

ついでにいうと、この言葉の重みを理解せずに
やくたいもないデマゴーグに利用しようという人間も多すぎる。

靖国神社には俺も去年の夏に行ったけど、
あそこであのひとたちを祀るのが正しいこととはどうしても思えなかったよ。

せめて宗教組織の殻を借りることなく、
堂々と日本と日本国民の名で弔ってほしい。
神社やらなんやらで歪んだ権威付けなんてしてほしくない。

今度の夏は、国立戦没者霊園に行こうと思う。

37: 名無しさん@お腹いっぱい。 03/23(金) 21:06

死人の悪口を言う奴はいないだけだよ

38: 名無し三等兵 03/23(金) 21:07

>>37
本当にそうなら、俺はもう少しいまのこの国を好きになれてたよ。

引用元:泣ける話