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1: 日本@名無史さん 08/09 21:55

社会党や共産党は直結してるのでいいのですが、
どうも自民党と戦前(大政翼賛会以前)の政党との系譜が
いまいちよく把握できません。
(小泉首相は祖父の代から代議士としては連続してますね)

どなたか、簡単に説明してもらえませんか?
あ、すみませんが、北岡伸一の『自民党』は未読です。

3: 日本@名無史さん 08/09 22:31

直結してねえって>1

その程度で直結しているなら
立憲政友会と立憲民政党の合流ですむわな

4: 日本@名無史さん 08/09 22:46

自由党→立憲政友会→民政党→大政翼賛会→自由党+民主党→自由民主党

5: 1 08/09 22:51

初心なのですみません。
たとえば、吉田茂なんかはどういう位置づけになるのですか?
それから>>4の系譜だと、結局自由民権運動の本流の末裔が
自民党と考えていいわけですか?
6: 日本@名無史さん 08/09 23:05

>>5

勉強してから出直しな。

7: 日本@名無史さん 08/09 23:09

>>5

おいおい、「自由民権運動の本流」って何だよ?
改進党は?

10: 考える名無しさん 08/12 22:51

>>7

改進党はいわゆる「都市民権派」だから、
自由民権運動の本流・正統ではない。

農村ドキュソに支持基盤を持つという点では
旧自由党→政友会→自民党という系譜がやはり実感できる。

ついでだが、鳩山家の初代・和夫は都市民権派だな。
民主党の由紀夫はその系譜を引いてると言える。

8: 日本@名無史さん 08/10 00:11

リアルタイムの新聞を読む限り
改進党は自由民権運動とは無関係です。

戦前のすべての政党は昭和15年秋までに解散し、
以後は大政翼賛会が日本唯一の民間政治団体となりました。

大政翼賛会の流れを汲む
大日本政治会が終戦後解散した後、
その主要メンバーが組織したのが日本進歩党です。

思想的には立憲民政党と
国民同盟(民政党から別立)が主流です。
日本民主党、国民民主党、改進党を経て
再度日本民主党となります。

一方、戦時中は冷や飯を食わされていた
旧立憲政友会の人々が
同時期に結成したのが日本自由党です。
こちらは民主自由党を経て自由党となります。

この両者が対等合併したのが自由民主党なのです。

しかし、弱体化した改進党を
自由党の分派が乗っ取ったのが2度目の日本民主党ですから、
自由民主党の本流は自由党と言うべきです。

従って日本の政党の本流は次のようになります。

1874 立志社創立。1883解党。
1875 立志社の分派が愛国社を創立。雲散霧消。
1978 愛国社再建。
1880 愛国社が国会期成同盟会となる。
1881 国会期成同盟会が自由党に発展。1884解党。
1980 愛国公党結成。
1890 愛国公党ほか2党が合同し立憲自由党を結成。
1891 立憲自由党が自由党と改称。
1898 自由党と進歩党(旧改進党)が合同し憲政党を結成。
1998 憲政党分裂し旧自由党系は憲政党の名を引き継ぐ。
1900 憲政党解党し立憲政友会を創立。
1939 立憲政友会2派に分裂。共に1940解党。
1945 日本自由党結成。
1948 日本民主党の分派を取り込み民主自由党となる。
1950 日本民主党の分派を取り込み自由党となる。
1955 日本民主党と合同し自由民主党となる。

15: 日本@名無史さん 10/03 23:33

社民党は解散だな

16: 日本@名無史さん 10/08 22:39

芝園倶楽部(旧政友会中島知久平派)

12: 日本@名無史さん 09/05 09:26

戦時下から戦後にかけてわかりにくいだろうが、
翼賛選挙で政友会も民政党もいっしょくた。
この東条派ともいえる翼賛派が戦後の自由党へ。
翼賛選挙非公認グループが戦後進歩党へ。

これらの政党の本質がどう理解されていたかは
マーク・ゲイン「ニッポン日記」でも読まれたし。

13: 日本@名無史さん 09/05 23:37

>>12

単純ミスだろうが逆。
翼賛派が進歩党、非公認グループ(鳩山派が中心)が自由党。

ゲインも当時のイメージを伝える1つの史料としては貴重なんだろうけど、
ちょっと偏りありそう(w

14: 日本@名無史さん 09/07 07:48

>>13

禿同

17: 日本@名無史さん 10/10 23:18

ちょっと範囲を絞りすぎ。
その上、1の質問が曖昧すぎ。

「英米法体系につきよくわかりません。
どなたか簡潔に説明してください。→本を読め!」と一緒。

ここで学ぶよりも、本というメディアが一番。
2チャンには適してないよ。

引用元:自民党と戦前の政党との関係