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269: 本当にあった怖い名無し 2008/10/06(月) 07:07:40

テレビで中曽根元総理のインタビューかなんかやってた事あったけど、
その中で、「英米に対しては普通の戦争だったが、
アジアに対しては侵略戦争だった」って言ってた。
米国に石油・鉄鋼の貿易を止められて、
戦争を続けるには中国に進出するしかなかったらしい。

270: 本当にあった怖い名無し 2008/10/06(月) 07:07:40

中曽根は日和見で有名だからなwww
271-: 本当にあった怖い名無し 2008/10/06(月) 23:36:39

いい加減スレの主旨から外れてんぞ、お前ら。

272: 本当にあった怖い名無し 2008/10/06(月) 07:07:40

昔、祖母から聞いた話
注・世間様言うところの軍オタである俺から見ると
「当時そんな事出来たの?」「そんな物実在したのか?」
みたいな部分が多々あるが、基本的に祖母から聞いた話を崩さず書く

祖母の親戚のお兄さんが海軍に志願すると言い出した。
元々その人は「勉強だけはよく出来るけど・・・」と
周囲から見られていた事に嫌気が差していたんだそうだ。
家族や周囲の人は猛反対! しかし本人の意思は固かった。

困り果てた両親は、土地の顔役
(人間、ヤバイ薬、兵器以外の物を
売ったり買ったりしていた大金持ち)に相談した。

幼馴染に頼まれた顔役さんは、
とりあえず本人とサシで話した(一晩中説得したらしい)。
根負けした顔役さんは、じゃあせめて自分に出来る事をしてやろう!
と思って、自分の家の蔵の中に何かを取りに行った。

戻ってきた顔役さんの手には、
骨董品の茶碗でも入っていそうな白木の箱。
何が入っているんですか、と尋ねられた顔役さんは言った。
「戦艦の大砲の弾、その破片だ」

273: 本当にあった怖い名無し 2008/10/06(月) 07:07:40

272続き

十年くらい前、顔役さんが仕事で
どこかの軍港(場所不明)の近くに行った時、
取引相手に「話のタネに軍艦でも見物に行かないか」と誘われた。
顔役さんは、面白そうですねと返事をして、船を用意させて
一同出発(別に軍艦マニアではなかったらしい)。

ところがようやく沖まで出たところで、
海軍の連絡艇?に見つかって追い返された。
相当頭にきたらしい。

宿に帰って、大酒飲みながら海軍は横暴だ!
とかなんとか怒鳴り散らしていたら、宿の番頭さんが来て
「近くの軍港に行きませんか」と誘いにきた。
訳が分からないまま十分くらい歩いて、着いたのは古道具屋。

中に入ってみると、なるほど大人の男でも
両手でないと持ち上げられない大きな金属製の軍艦の模型が十隻!
その中に何となく古臭い形の軍艦の模型が一隻あった。

顔役さんが店主に聞いてみると、
その軍艦は日露戦争の時の戦利品の模型
(どうやら戦艦石見らしい)なんだとか。

敵から分捕った、と聞いて気に入った顔役さんは
その模型を買いたい!と言い出した。
店主が長々とその模型の由来を語りだした。
酒が入って、少し気の短くなっていた顔役さんは
「今出せるのはこれだけだ!」と札入れの中の
殆ど全部店主に渡した(幾らかは不明)。

その金額の多さに驚いた店主は
「よろしかったらもう一隻お好きな物でも」と言ったらしい。
顔役さんは「一隻でいい、その代わりこいつを
俺の家まで届けさせてくれ」と言った。
店主の入れてくれたお茶を飲んでいたら、
店主が「よろしかったらこれもどうぞ」と白木の箱を持って来た。

顔役さんが箱を開けてみると、
中には金属の破片の様な物がいくつか入っていた。
「日露の戦いの時の戦艦の砲弾の破片だとか、
真偽の方は眉唾物なのですが・・・・」
顔役さんは「ふうん」と言って、それももらって行く事にした。

274: 本当にあった怖い名無し 2008/10/06(月) 07:07:40

272続き

砲弾の破片の由来を話し終えた顔役さんは、
お兄さんに「そこを動くな」と言って、
砲弾の破片を布で包んでお兄さんの胸へ軽くぶつけた。
訳が分からないお兄さんに顔役さんは「一度弾の当たったところには
二度と当たらんとどこかで聞いた、達者でな」と一言。

失礼、用事で外出する事になった、
遅くても夕方には帰ってくるから、続きは少し待ってくれ!

275: 本当にあった怖い名無し 2008/10/06(月) 07:07:40

272続き(中断失礼)

その時お兄さんは「変わった餞別」くらいにしか思わなかったそうだ。
昭和十六年、お兄さんは海兵団に入団、そして開戦。
しばらくは巡洋艦に乗って輸送船団の護衛。

海軍の航空部隊が英戦艦キングジョージを撃沈したと聞いて喜んだり
(実際に撃沈したのは同型艦のプリンス・オブ・ウェールズ)、
味方の大巡(重巡洋艦・妙高)が空襲されたと聞いて
皆と激怒したりの日々だったそうだ。

昭和十七年四月一日、内地(日本本土)に帰れそうだと
噂話をしていた時に、敵の潜水艦の攻撃を受けた!
魚雷を二本くらったが、幸い沈まずにすんだ上に、
修理の為本当に内地へ「帰れる」事になった
(これが本当なら、お兄さんの乗艦していたのは
軽巡洋艦・那珂だと俺は思う)。

被害は以外に大きく、
修理の為しばらく本土にいられると知った顔役さんは、
親戚と偽ってお兄さんに会いに行った
(軍と取引していて情報を得ることが出来た?)。
久々に会ってみて、顔役さんはマズイと思った。

謙虚で人見知りなお兄さんはすっかり天狗になっていたのだ
(砲弾の破片の事は誰にも話していなかったらしい)。
顔役さんは自分のコネで、お兄さんを内地の基地勤務に
移そうとしたらしいが、お兄さんはそれを拒否。

九ヶ月余の修理・改装を終えて、お兄さんの巡洋艦はトラック島へ進出。
昭和十九年二月十七日、敵の航空機の攻撃を受けた
味方のフネ(軽巡洋艦・阿賀野)を救援に向かう途中、
お兄さんの巡洋艦も攻撃されて沈んだ。
しかしお兄さんは助かった。

それを知った顔役さんは今度こそ陸上の配置に付かせようとした。
しかし戦局がそれを許さなかった。
お兄さんはその後輸送船勤務中に戦死した、享年二十四歳。

顔役さんは「自分が止めていれば、
変なまじないみたいな真似しなければ」と
戦後死ぬまで悔やみ続けたそうだ。

砲弾の破片は、本物かどうか確認されないまま、
模型といっしょに供出されて、その後どうなったのか誰も知らない。

終わり(長文失礼)

276: 本当にあった怖い名無し 2008/10/06(月) 23:53:52

非常に興味深い!
投稿お疲れさま

引用元:太平洋戦争中の不思議な・怖い話3