うちの爺さんは、マレー沖海戦に参加した人間だけど、
途中で落後した、1式陸攻のタイヤを拾いに、大勢の人間で
熱帯雨林の中に、探しに行ったら。何十人もの海軍兵と
現地の人間が、そのまま帰ってこなかったらしい。
366: 名無し三等兵 01/11/27 01:18
>>365
何か変な翻訳ツール使ってる?
367: 01/11/27 01:21
>>366
現地の人間に食われたんでしょう。
359: 眠い人 ◆ikaJHtf2 01/11/25 22:33
朝鮮戦争ネタで二題。
(その1)
朝鮮戦争後すぐの発表では、
MiG-15:国連軍機の損害比率は7:1だった。
最近の研究では、その比率は2:1迄下がっている。
(その2)
第二次大戦中のソ連軍に倣って、
北朝鮮軍でもPo-2を夜間安眠妨害爆撃機に仕立て上げた。
1952年、米空軍はこれに対抗すべく最新鋭のF-94スターファイアを投入した。
F-94はPo-2を迎撃するため、
脚を下げ、フラップを下げて速度を落とした上、
浅い角度で後上方から目標に接近したが、
それでも数機が失速に陥って墜落し、乗員はいずれも戦死した。
また、少なくとも一機はPo-2と空中衝突し、両機とも墜落している。
結局、木骨羽布張りの機体を撃墜するには
高い危険と困難が伴い、それを冒してまで
この目標を撃墜する価値はないとして作戦は中止された。
364: 眠い人 ◆ikaJHtf2 01/11/26 21:48
士官婦人のための海軍ハンドブック(1941:米)より。
「アフリカ系米国人の女性は良い女中になるが、
彼等は、“怠け者の夫と大勢の子供”を養わなければならないので、
盗みを働くおそれがある」
と書かれていた。
283: ベタ藤原@歴史抹消主義 01/11/20 21:28 ID:Hro9Kj8j
ADSLなった記念にHN変えます。
「海軍乙事件」をご存知でしょうか?
https://ja.wikipedia.org/wiki/海軍乙事件
福留参謀長の乗った二式大艇がセブ島に不時着。
同島ゲリラに参謀長が捕まり、機密文章を盗まれる、と云う事件です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/福留繁
戦後、福留氏はGHQ歴史編纂部に勤務していた
大井 篤氏のトコへやって来て、怒りながら、こう宣ったそうです。
「君とか千早(正隆)とかいうのが、
機密書類が盗まれたとか言っており、私は迷惑している。
こんな事実はまったくないんだ!」
それを聞いた大井氏、焦らず、慌てず、こう答えたそうです。
「盗まれたのは事実です。 お帰りください」
大井氏かっこいい!!(w
私的には,大井氏にはGHQ歴史編纂部時代の事も含めて、
自伝を書いて欲しかったよ、と思うのです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/大井篤
288: 名無し三等兵 01/11/20 22:12 ID:P+CaI1Ar
>283
吉村昭「海軍乙事件」に、詳解されていますね。
345: 名無し三等兵 01/11/22 23:17 ID:+KISrrau
太平洋戦争当時の日本の船が、
陸海軍と民間用にA船、B船、C船に区分けされて
たのは割と知られているが、この3つのカテゴリーの船を
統一管理する部署は末期まで存在しなかった。
んで、船腹事情が相当逼迫してきても、
陸軍の船は前線に兵員を積んで行って帰りにはバラスト積んで来たり、
民間船は空荷で本土から南方まで資源積みに行ったりしてたそーな。
347: 名無し三等兵 01/11/23 04:08 ID:mfogAMCD
>>345
それはむしろ「泣ける話」と思われ(/_T)
348: 名無し三等兵 01/11/23 13:58 ID:3ePmDmVd
太平洋戦争当時日本では、
トラックなどの操縦員になろうとする人達が
訓練において、まず初めにしなければいけなかった事は、
「操縦員の心構え云々」という何ページにもわたる文章を暗記し、
それを上官の前でそらんじる事だったそうです。
351: ベタ藤原 01/11/24 07:50 ID:6Sga8qGB
42年9月。
U-156は南大西洋でイギリスの定期船、
ラコニア号を撃沈した。
U-156が浮上してみると、それに乗っていたのは、
ほとんどがイタリア人捕虜であった。
U-156の艦長、ハルテンシュタインは独断で
イタリア人捕虜以外を含め、全ての遭難者の救助を決め、
ドイツ本国の潜水艦隊司令デーニッツに対し、救助協力を要請した。
これに対し、最初デーニッツは
「Uボート乗組員が危険に晒されるから」と乗り気ではなかったが、
最終的には付近に居たU-507 U-506に救助に協力するよう指示を出し、
同時にフランス、ビジー政府に対して救助艦艇の出動を求めた。
3隻のUボートは、艦上が鈴鳴りになるほどの多数の遭難者を乗せ、
何艘もの救命ボートを曳航し、フランス領ダッカへ向け航行を始めた。
数日後、アメリカ軍の認識マークを付けた、一機のB-24が飛来。
Uボートの上空を何度も旋回し、一度は水平線に消えた。
暫く後、B-24はUボート上空に帰ってくると、Uボートに対して爆雷を投下した。
一発がボートが曳航中だった遭難者の乗った救命ボートを直撃。
ボートに乗っていた遭難者の半数を吹き飛ばした。
その後もB-24は執拗に攻撃をしかけ、ついにUボート艦長達は
遭難者救助を諦めるに至った。
B-24から攻撃を受けている間、Uボートの機関銃には
赤十字を染め抜いた白いシーツが架けられていて、
一発も弾を発射しなかったという。
人道とか、国際法的にどうとか言うワリに、案外非道です。
アメリカ人……
356: 名無し三等兵 01/11/24 17:35 ID:MbaesNmI
>>351
別に。今更アメ公のダブルスタンダードなんて。
358: 平和主義者 01/11/24 18:04 ID:2D2YoXFg
>>351
朝鮮やベトナムじゃもっとひどいことをやりまくっていました。
360: 名無し三等兵 01/11/25 22:50
>>351
広島長崎原爆の例を出すまでも無いですが
人道に反する大虐殺をいくらやっても
勝てば軍事法廷で裁かれる側に立つ必要ないですから。
ベトナムで負けても立たなかったはアメリカは異常ですが。
IBMはナチのユダヤ虐殺に荷担してたそうですし。
361: 名無し三等兵 01/11/26 14:15
>>360
何で私企業の話が出るの ?
ユダヤ人虐殺に関連して収容所で使われたペンのメーカーを始めとする
枢軸国籍の私企業だけが悉く軍事法廷で裁かれたとでも言いたいのだろうか。
357: ベタ藤原 01/11/24 17:58 ID:JS3IhVdv
日露戦争の停戦、講和を仲介した功績により、アメリカ大統領、セオド
ア・ルーズベルトはノーベル平和賞を授与された。
引用元:復刻★信じられないが、本当だ。 Part2
それ昭和末期から平成一桁の教習所でもやってた。車乗る前に安全五訓とか言わされてた。運転中は右よし!から全周みて「前進!」と言って運転させられた。
今は「言葉だけで見てないから危ない」って理由でやってないらしい。ま、昭和の頃は手が飛んできたからなw今の子なら1日で退校するよ…