b566

553: 名無し三等兵 01/12/30 00:00

シベリアのある地域には、
打ち上げの際に切り離された宇宙ロケットの
1段目がゴロゴロしてるらしい。
そのあたりに住んでる人の中には、
落ちてるロケット改造してその中に住んでる人も。
でも、推進剤って毒だから、その地域にのみ奇病が流行った。

…ロシアって(-_-;
552: T.K 01/12/29 23:47

WWⅡでイギリス本土はドイツの潜水艦隊による通商破壊によって、
食料を始めとするあらゆる物資が不足した事は有名ですが、
戦前には3000万トンもあった食料の輸入量は、
終戦直前には1000万トンまで落ち込みました。

しかし、それでイギリスが同じ戦時中の日本の様に
ひどい食糧不足と栄養失調に苦しんだかというと、実はそうでは無く、
むしろイギリス人の食生活は戦前より向上したとさえ言われました
(ちなみに食糧配給は戦争が終わってからもずっと続き、
完全に配給制度が廃止されたのは1954年です)。

これはどう言う事かというと、
戦前の量的には多くても栄養価の低い伝統的なイギリス料理の多くが、
味は悪くとも加工性(食材を無駄無く利用する)や
保存性や栄養価の点で良く研究された代用食に置き換わったためです。
その為戦中~戦後のイギリス人は安価で不味い代用食中心の食生活を
強いられたにも関わらず、殆どの人が戦前よりよほど健康になったそうです。

554: 名無し三等兵 01/12/30 01:01

>552
新鮮な食肉の供給が絶望的になり、
戦時中のイギリスでそれに代用されたのが、
アメリカから食料援助で大量に供給されたランチョンミート、
こと「スパム」の缶詰。
調理法さえ適切なら、けしてまずいものではないんだが、
毎日スパムの食事にイギリス人はよほどアタマにきたらしく、
「モンティ・パイソン」でもスパムをからかったギャグがあるのはおろか、
くだらない電子メールを「スパムメール」と言うのは、それが語源。

555: 元英国住民 01/12/30 01:26

>>554

英国の飯は普段からスパム以下だぞ。
スパムをまずいと叫ぶ資格など英国人にはない!

556: 元沖縄県民 01/12/30 05:02

>>>554-555
…というふうに「まずいもの」の代表格扱いされるスパムだが、
元沖縄県民として「それはデマだ!!」と心から叫びたい。

20年にわたる米軍占領時代に
スパムは沖縄料理の重要な食材としてすっかり定着しました。
そう、>>>554氏のおっしゃるとおり、
調理法を間違えなければけっこうイケるのだ。
ほかほかごはんとはかなり相性はよさげ。

557: 海の人 01/12/30 11:03

>>556
給食にも出てますね、
海の人的には内地の「家畜飼料」みたいな給食と違って
ナカミ汁とかソーキソバとかアーサ汁とか
沖縄料理フルコース楽しめておもしろ
かったり:-p

594: 名無し三等兵 02/01/04 11:11

>>557

給食にも出てますね、
海の人的には内地の「家畜飼料」みたいな給食と違って

俺、内地の人間だけど、給食好きだったな…悲しい。

595: 海の人 02/01/04 11:29

>>594

たぶん年代が違うんじゃないでしょか、
80年代も後半になると、どこも給食がずいぶん
人間の食べるモノになってたようですし。
海の人は'69年生まれなんで75年から81年まで
小学校の給食、82年から83年まで
中学校の給食を食べましたです。

小学校の給食(内地)はひどかったですよ、
コーヒー味の肉そぼろとか、ヨーグルトで
「何か」をあえてある「何か」とか、人間の食べるものではありませんでした。
唯一、まともだったのは鯨の竜田揚げくらいなんでわ・・・
でもいじめられっ子だったのでたいてい横取りされて鳥のヒナ状態だったので、
やっぱりあんまり思い出したくはないな。

こんなだったので、沖縄に行って
何でもうまい学校給食がよけいに感動したのかも。
あの還元牛乳(沖縄は生乳は傷むので給食は脱脂粉乳に
乳脂肪を加えた還元牛乳なのでありました)も
今となっては懐かしい味です。

623: 名無し三等兵 02/01/06 02:38

>>595

自分と同い年ですね。
地域差があるんでしょうが、
うちの方はもう少しましな給食だったみたいです。
その代わり、よく名前の挙がる「揚げパン」なるものは
一度も出た事はないです。

624: 海の人 02/01/06 09:27

>>623

なんか最近は、栄養補給一辺倒ではなくて
「料理」としての組み合わせも気を使うように
なってきてるみたいですね。

実験校みたいなところでは、
バイキング形式で好きなものを取って食べることも
できるようで、これなら我々の頃のように、
嫌いなモノを食べ残した子が、オニのような教師に睨まれつつ
休み時間も残されて食べさせられるなんて非人道的なことも
なくなるでしょうし。

625: 眠い人 ◆ikaJHtf2 02/01/06 10:51

>>624

なるほど、海の人さんもうちとほぼ同世代なんですね。

揚げパンはうちにもありましたね。黄粉まぶした奴…。

うちは転校が多かったので、いろんな所のを食べましたが、
鯨肉のソテーだけは嫌でしたね。
偶にすじ肉が入ってると、あれを嚥下するのに往生しました。

で、うちが卒業した後から
米飯給食なるものが始まったようですが、中学
校から先は給食が無くて弁当でしたんで、縁のないものでした。
今の給食は恵まれているんですかねぇ。

…なんか、当初の主旨からどんどんずれていっているような(^◇^;)。

626: 名無し三等兵 02/01/06 14:36

>>625

あーすいません、
私、尾張の国で小中学生時代を過ごしたものですが、
揚げパンなんて一度も出なかったです。

小学校一年の頃は週一回の米飯、5年だか6年のころ週二回なり、
中学に入った頃には、米飯の時には箸持参などという給食でした。

これでも70年生まれの31歳なんですが、
この板の年齢層は一体???

559: 名無し三等兵 01/12/31 13:25

>むしろイギリス人の食生活は戦
>前より向上したとさえ言われました

ドイツは大戦末期まで国民に戦争前と同じ食糧を
(カロリーレベルで)供給していた。

え?ニッポン?島国なのに
食塩の欠乏が重大問題になる始末ですわ

560: 名無し三等兵 01/12/31 15:40

日本では刑務所の受刑囚が1番栄養状態が良かったそうです。
終戦時まで規定量の食料をちゃんと与えていたそうです。

お役所仕事って・・・・

643: 名無し三等兵 02/01/06 23:38

>>560

遅レスで申し訳ないが、
これには理由があったそうです。
刑務所の職員も次々と戦地へ出征し、
人手不足が深刻な問題だったそうです。

そこで、脱獄を防ぐため
食事だけは決して質を落とさなかったとか・・・
TVで網走監獄の紹介をやってて、
そこで元職員の証言として言ってました。

この事に言及したソース探したけど、見つけられませんでした。
スマソ

受刑者が良い物食べてたと言うのは、↓で紹介されてます。
網走監獄博物館
http://www.ryuhyo.com/kangoku/siryo/data8.html

644: 名無し三等兵 02/01/07 02:05

>>643

そう言えば吉村昭の本(タイトルは忘れた)でも、
そんなことが紹介されてたよ。
内務省が軍部に泣きついて米を分けてもらったとか、
囚人ごときが美味い飯を喰ってると暴動が起きかね
ないので世間には秘密にしてたとか、そんなことが書かれてた。

屈強の体格の看守は、みな出兵。
残った看守は、ひ弱なお年寄りばかり。
仕方なく模範囚を看守として現地採用したはいいが、
逆に看守が囚人に見張られるような事態になったんだってさ。

引用元:復刻★信じられないが、本当だ。 Part2