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857: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 04/07/25 04:41 ID:JLjr172X

儂のじいさん、攻略3年後に総軍司令部に赴任。
その前から軍隊内で聞いた虐殺の噂の真実を知りたいと、
赴任して暫くのち、仲良くなった南京市民に聞いたそう。
すると、何人もから同様に、ある特定の池に
数十人の他殺体がぎっしり=血でどろっと臭いにおいが充満・・・とのこと。
民間人だか敗残兵だかしらんけど、
無抵抗の人間を虫けらみたいに殺して、
それが国際法的には云々とは馬鹿げた話・・・とは、爺の言だすよ。
859: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 04/07/25 04:46 ID:TO6u9BSu

>>857

督戦隊に殺された人とか、
略奪などで見せしめに殺された人たちと、
日本兵に殺された人の区別はついてましたか?
それと、終戦直後国民党が何とか証拠を集めようと
南京市民から聞き取り調査をしたら、誰もそんなことを言っておらず、
明確に否定するものまでいたと言われてますが?
860: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 04/07/25 04:48 ID:TO6u9BSu

ただ、池で処刑したのは事実でしょう。
それは安全委員会の記録にもあるし。
合法か不法かは別にして。

870: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 04/07/25 10:29 ID:faYY1cvT

目黒福治 陣中日記

山砲兵第19連隊第3大隊大隊段列・編成 伍長

十二月十六日 晴天 南京城外
午後四時山田部隊にて捕い(え)たる敵兵約七千人を銃殺す、
揚子江岸壁も一時死人の山となる、実に惨たる様なりき。

十二月十七日 晴天 南京城外
午前九時宿営地出発、軍司令官の南京入場式、歴史的盛儀に参列す、
午後五時敵兵約一万三千名を銃殺の使役に行く、
二日間にて山田部隊二万人近く銃殺す、
各部隊の捕慮(虜)は全部銃殺するものの如す(し)。

十二月十八日 晴天 南京城外
南京城内外に集結せる部隊数約十ヶ師団との事なり、
休養、午後五時残敵一万三千程銃殺す。

http://members.tripod.co.jp/NankingMassacre/
butaibetu/yamada/hohei19.html#HMeguro

872: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 04/07/25 11:42 ID:UOicvdzM

>>870

貧乏な日本軍に

>敵兵約七千人を銃殺
>敵兵約一万三千名を銃殺
>午後五時残敵一万三千程銃殺す

なんてことが出来るほど弾丸があったんだろうか?

日本軍の歩兵1人が携帯している弾丸は120発だし、
それも戦闘で使用しているからもっと少ないはず。
それと、日本軍で使用していた三八式小銃の弾丸は殺傷力が低いから、
人1人を撃ち殺すのに何発必要だったことやら。

917: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 04/07/26 01:24 ID:1pqRwK+F

>>870

目黒陣中日記は最終的な処刑を記す典型的な一例で
幕府山のことを書いてるけど、彼は両角部隊
じゃなくて、山砲兵第十九連隊の所属だった。
おまけに、この陣中日記に「限って」致命的な事実誤認がある。
たとえば十二月十三日(実際には十四日)敗残兵十万が投降とか、
十七日十八日(実際には十七日のみ)
一万三千人づつ処刑とか、肝心な点が根本的に間違っていた。

869: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 04/07/25 09:52 ID:QRD+zrsW

 遠い南の島に、日本の歌を歌う老人がいた。
 「あそこでみんな死んでいったんだ・・・」
 沖に浮かぶ島を指差しながら、老人はつぶやいた。
 太平洋戦争のとき、その島には日本軍が進駐し陣地が作られた。
 老人は村の若者達と共にその作業に参加した。
 日本兵とは仲良くなって、日本の歌を一緒に歌ったりしたという。
 
 

 やがて戦況は日本に不利となり、
 いつ米軍が上陸してもおかしくない状況になった。
 仲間達と話し合った彼は代表数人と共に
 日本の守備隊長のもとを訪れた。自分達も一緒に戦わせて欲しい、と。

 それを聞くなり隊長は激高し叫んだという
 「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」
 日本人は仲間だと思っていたのに…みせかけだったのか
 裏切られた想いで、みな悔し涙を流した…
 
 

 船に乗って島を去る日 日本兵は誰一人見送りに来ない。
 村の若者達は、悄然と船に乗り込んだ。
 しかし船が島を離れた瞬間、日本兵全員が浜に走り出てきた。
 

 そして一緒に歌った日本の歌を歌いながら、手を振って彼らを見送った。
 
 先頭には笑顔で手を振るあの隊長が。その瞬間、彼は悟ったという。
 あの言葉は、自分達を救うためのものだったのだと・・・。

864: 涼月 1/2 04/07/25 05:53 ID:w4lJPbJU

上の方で沖縄の水上特攻作戦の事触れてたけど、
その生き残りの艦の話を。
九十九神ってよく言うけど、艦にも魂が宿っていたんだなとオモタ。
http://homepage3.nifty.com/tsujiura/suzutsuki.html

涼月は途中で沈んだのであろう。
沖縄決戦で失われたのは、大和、矢矧、磯風、浜風、霞、朝霜の6隻に、
涼月を加えて七隻となる。そう考えていたとき、
午後2時20分、涼月は後ろ向きのまま9ノットのスピードで、
佐世保に帰って来た。

(中略)船体はかろうじてバランスを保っていた。
いや、どこからかしみこんでくる海水で、
状態は少しずつ悪化していた。それは賭けでもあった。

佐世保まで約290キロ。このまま艦を沈めては
戦死した57人の英霊と、
泳ぐことのできない34人の負傷者に申しわけない。

また、戦闘中に沈まなかった涼月を、
我々の努力が足りなかったために沈めては申しわけない。

よしやろう。駆逐艦乗りだ。負けるものか。

涼月の乗組員達はそろそろと後進をかけた。
めいめいがコマネズミのように働いた。
「フネを沈めるな」を合言葉にがんばった。
865: 涼月 2/2 04/07/25 05:53 ID:w4lJPbJU

ふたたび見ることはあるまいと覚悟を固めていた
故郷の春の緑が、涼月の乗員達の目にしみた。
しかし、彼らにはそれを見つめる余裕はなかった。

ブイにつなごうとしたとき、
急に船脚が低くなり始めたのに気づいた。艦が沈みかかっている。
一分一秒が貴重だった。ドッグに入るやいなや、
涼月は、ズズズズとドッグの底に座り込んだ。

「感動しました。我々も頑張ったが、
フネも頑張ってくれたんです。フネも生きているんです。
我々の仲間なんです。やったなあ、涼月。すごかったぞ。」
鴫之沢砲術長が、目を潤ませてそういった。

砲術長はそのあと艦内を調べていたとき、
一番砲の弾薬通路の左舷側、水線下にある一部屋に、
下士官、兵長、兵の三人が倒れているのを発見した。
見るとその部屋は丸太で隔壁を支え、カスガイを打ち、
完全に海水を塞ぎ止めてあった。

砲術長は電気でうたれたように、
その三人の遺体に向かって頭を下げた。
涼月は前に10度傾いていた。
それ以上前部が沈下すれば沈没は免れなかった。
この三人は、最期までこの部屋の空間を守って、浮力がそれ以上減るのを
身をもって防いでくれていたのだ。人も艦も、一体だった。
涼月がそれを、証拠だてた。

吉田俊雄著「壮烈!水雷戦隊より」
867: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 04/07/25 08:11 ID:lwB5g1FX

>>864-865
怖くないけどいい話だ。゚・(ノД`)・゚・

引用元:旧日本軍の怖い話、怪奇ネタ