b681

14: 本当にあった怖い名無し 04/07/29 12:28 ID:jj1p02KH

1.日本軍(特に陸軍においてはなはだしいが)において、
兵の教育が過酷であり、往復ビンタや過激な制裁が横行し、
次第に上官の命令を絶対に聞くという態勢になった。

2.軍の内務班や兵営にいる限り、上官の非常な圧迫下にあり、
欲求不満のエネルギーがいつでも外に向かって
解放されるようになっていた。

3.いつでも死を覚悟するように教育され、
実際にもほとんど無益・無効な白兵戦に押しやられ、
自暴自棄になっていた。どうせ死ぬんだから
何をやってもいいやという気持ちになっていった。
14: 本当にあった怖い名無し 04/07/29 12:28 ID:jj1p02KH

4.陸軍は補給をほとんど無視した軍隊であった。
そこで食料・燃料などの生活物資の一切を
中国の民間人から徴発するという態勢になっていた。
むこうも食料を奪われたら命をつなげないので必死に抵抗した。
そこで徴発の場面から徐々に暴行が常習化したため、
民間人へ暴行する事への抵抗感が薄れていった。
ところで戦闘場面と異なり、徴発では下級兵士が上官の目を離れて
自由に振る舞える唯一の場であった。
徴発の場では、物資の略奪とともに婦女暴行が頻発した。

5.強姦は一応陸軍刑法でも重罪であったが、
親告罪、つまり相手が訴えなかったら、捕まらなかった。
相手の訴えを出来なくするためにほとんど必ず、強姦後殺人の形をとった。
これは、娯楽の乏しい兵士達のストレス解消として、上官も黙認していた。

6.下級兵士は中国人の前では
強大な絶対者として振る舞うことが出来た。
警察による抑止や相手に武器など抵抗手段がなく、
完全に相手を自由に痛めつけられる状況にあった。

7.上海の戦線が開かれるに及んで、なめてかかった日本軍は
次々と壊滅に近い大きな戦死傷者を出した。
中国軍の死にもの狂いの抵抗は、中国憎しという逆恨みの感情を起こし中国人を
ひどい目に遭わすことをなんとも思わなくなった。

8.中国東北部ら「満州国」を作り上げたが、
その過程では日本支配に抵抗する中国人を徹底的に殲滅した。
そのとき得られた捕虜は銃剣殺、斬殺された。
新兵教育のため生きた的として活用され、銃剣殺、斬殺に対する
心理的抵抗感が次第に麻痺して行った。

18: unknown 04/07/29 14:19 ID:KRTmtM3H

>>14

強姦の罪は陸軍刑法第86条および第88条にありますが、
一般の刑法と異なり、強姦の罪は親告罪ではありません。
また、一般の刑法においても輪姦は親告罪ではありません。

22: 本当にあった怖い名無し 04/07/29 20:04 ID:wN+i5/Ud

>>14

>兵の教育が過酷であり、
>次第に上官の命令を絶対に聞くという態勢になった
上官の命令を聞かない軍隊は存在しない。

>陸軍は補給をほとんど無視した軍隊であった。
無視はしていない。
実行できなかっただけだ。
他にも突っ込み所はあるが、スレの無駄遣いになるので止める。

17: 本当にあった怖い名無し 04/07/29 14:07 ID:wbnCepTF

第一次世界大戦フランス戦線での話。

イギリス軍の塹壕がドイツ軍の集中砲撃を受けて、
そのほとんどが埋まってしまった。
その場所はドイツ軍の占領されていたが、
数ヵ月後イギリス軍が奪還に成功した。
イギリス軍は塹壕を使うために掘り起こしてみると、
退避壕(中が部屋のようになっている)に
生きている兵士たちがいたのである。

兵士たちはすでに狂っており、
退避壕の中には食い荒らされた死体が多数残っていた。
壕を掘り起こしていた部隊の指揮官は、狂った兵士たちに食事を与え、
その後彼らを銃殺した。

23: 本当にあった怖い名無し 04/07/29 20:31 ID:KdQg50lT

雑誌に載ってたか、2chで見たか忘れたが、こんな話があった。

あるミリタリーオタクのホームページで
オフ会が催されることになった。
その名も沖縄追悼OFF。

かつての激戦地に眠る英霊達を供養しに行くのだ。
彼らの中の数人はミリタリーショップで日本軍の軍服を揃えた。
それを着て敬意を表するつもりだったらしい。
それならまだよかったのかもしれない。

そして当日。
たくさんの日本兵が亡くなったガマの前で
線香を捧げ、全員が手を合わせた。
しかし、何を思ったのかはわからないが参加者の一人が
追悼サバゲーをしようと言い出したのだ。

彼らはオフ会ついでにサバイバルゲームをして
帰るつもりだったのでエアガン等は持ってきていた。
日本軍の軍服を着た数人と、それ以外の十数人に分かれて
"日本軍対米軍"の設定でサバゲーを開始。

数で勝る米軍側が優勢であり、
どんどん日本軍側の人数が減ってきた。
やけくそになってどうでもよくなった一人が、
「天皇陛下バンザァーーーイ!!(笑」と
ふざけながら隠れていた草むらから飛び出してきた。
当然、集中で的にされて失格。

残っていた数人も、「ここバンザイクリフな(笑」と、
1mくらいの崖から次々に飛び降りて、試合放棄。
米軍側の勝利に終わった。
この後ガマの前で記念撮影をし、翌日解散した。

しかし、オフから帰ったあと、
一部の参加者が事故などで次々に死亡した。
しかも、その一部の参加者とはあの日に
日本軍の軍服を着てサバゲーをやっていた数人だった。

そして後日、カメラ担当者が
あのときのフィルムを現像すると、腰を抜かしてしまった。
最後に写したガマの前の記念写真に、
漫画に出てくるようなグロい髑髏が無数に写っていたのだ。

引用元:戦争、軍事にまつわる怪奇ネタ 二戦目