b731

740: 名無し三等兵 03/10/12 15:00 ID:RgO7LU1N

東部戦線でロシア女性士官がドイツ軍前線で捕虜になった。
ロシア語のできるドイツ軍下士官が通訳兼世話役になっていた。
ロシア女性士官に簡単な尋問の後、戦線後方に輸送されるてはずだったが
戦局がアレだったのでそれどころではなくて数カ月共同生活するはめになり
そこそこ仲良くなった。

どいつは敗戦後、ロシア女性士官は国に帰ったが、
例のごとくソ連には適齢期の男性などどこを見渡してもおらず、
結局、ロシア女性士官は東ドイツを
捜しまわって件の元ドイツ軍下士官を見つけケコーンした。

これは事実?ソースをキモボンヌ
741: 名無し三等兵 03/10/12 15:10 ID:???

別に信じられない話ではないような……
725: 名無し三等兵 03/10/10 20:25 ID:???

外国軍艦の親善訪問の折、
ホストシップとなった海上自衛隊護衛艦の幹部が、
感心するとともにわが身を振り返ってげんなりするのは、
士官食堂で日常的に使われている食器の出来のよさだそうな。

ちなみに、ある護衛艦に至っては、
幹部食堂の食器の半分は、100円ショップで揃えたもの。

726: 名無し三等兵 03/10/11 04:11 ID:???

>>725
割れないように、金属製なんじゃなかったっけ?
いや、空自のスクランブル部隊だったかな?

727: 名無し三等兵 03/10/11 13:59 ID:???

>>726

体験航海の時、幹部食堂でサイダーをご馳走になったけど、
普通のガラスコップだったよ。
流しのあたりにおいてある湯呑みも、普通の瀬戸物だった。

728: 名無し三等兵 03/10/11 14:43 ID:???

>>727

しーっ、>>725は知ったかぶって
知りもしない海自のことを語ってる、膿の同類だから
目を合わせちゃいけません。

729: 名無し三等兵 03/10/11 17:44 ID:???

てか、あくまで噂である事を明言してるじゃん

730: 名無し三等兵 03/10/11 19:45 ID:???

脳内自衛官なんだろ?

731: 名無し三等兵 03/10/11 20:02 ID:???

100均普通にガラスや瀬戸物あるじゃん。
MY食器も100円物愛用しているのだが。
そういや、毎日食ってる会社の食堂は
ご多分にもれずプラ食器だけど、まずい飯
が余計にまずく感じるのは、何故なんだろうか。

721: 眠い人 ◆gQikaJHtf2 03/10/09 00:34 ID:???

陸軍士官学校など各種学校で、
対米戦教育(ア号教育)が始まったのは、
1943年8月~12月のこと。

1941年12月に対米戦が始まってからもずっと、
対ソ戦、対支戦の教育を行なっており、
想定戦場は南方のジャングルではなく、
北満とシベリアの荒野だったりする。

経理学校でも、ジャングル戦での部隊給養は
全く考えられておらず、大陸での
野戦給養をどうするかに重きが置かれていた。

これらア号教育への切り替え開始は
1943年8月だったが、カリキュラムが決まらず、
教育開始は12月にずれこんだ。

で、その教育内容たるや、

「殆ど光を通さない様な、
真っ黒な眼鏡を掛けさせられ、森の中を。
その眼鏡の先導で行軍したりする。
ジャングルの中の夜間行軍のつもりである。
しかし、全員が付けるだけの眼鏡がないため、
小隊長、分隊長等がつけて、後は見えないつもりになる」

様な泥縄式教育だったらしい。

723: 名無し三等兵 03/10/09 23:19 ID:???

漏れのじいちゃんの話。

終戦の詔勅を内地の歩兵連隊で聞いたじいちゃん、
「さあ、これで家に帰れるぞ」スッ飛んでばあちゃんの元に帰ったが、
同じ部隊から復員してきた人が色々と軍需物資をガメて帰ったのに、
じいちゃんは何も持たずに帰ってきたため、

昭和60年代にあの世に行くまで、
ばあちゃんに頭の上がらないネタをつかまれていた。