b30

247: 名無し三等兵 04/01/20 07:05 ID:???

いくら旨いといっても虫は食いたくないづら・・

250: 名無し三等兵 04/01/20 09:33 ID:???

>>247

足の少ないエビと思うが良い。
254: 名無し三等兵 04/01/20 20:02 ID:???

実話だったんだ。
先の陛下はお茶目なところが人間っぽいですね。
平成の時代の人であれば、名君というか、
可も無く不可も無い人と言われたんでしょうね。

255: 名無し三等兵 04/01/20 20:32 ID:???

今上天皇には何かエピソードはないのかねぇ

257: 名無し三等兵 04/01/20 20:50 ID:???

>>255

学生時代の脱走銀ブラ事件は映画になった。

あと御学友のアルファロメオで箱根をドライブしたとか。

259: 名無し三等兵 04/01/20 22:09 ID:???

>>255

「間違いだらけのクルマ選び」で有名な自動車評論家、
徳大寺氏が若い頃は狭い道で対向車が来た場合は絶対に道を譲らず。
相手がバックして道を開けるまでタバコを吹かしつつ睨んでいたらしいが、
その彼がある日慌てて対向車に道を譲った。

その対向車、プリンス・スカイライン・スポーツのハンドルを握っていたのは
当時の皇太子殿下、つまり現在の今上帝その人である。

260: 名無し三等兵 04/01/20 22:25 ID:???

>>255

皇太子時代、銀座で目撃された3時間後に軽井沢で
現皇后とテニスを楽しまれていたエピソードがあたーり。
今はワーゲン・ビートルを時折またーりと走らせておられる
今上陛下はこのころ、>>259氏の紹介したエピソードにある
プリンス・スカイラインとデイムラーのSOHCの2台を主に
愛用されていたが、軽井沢への強烈なドライブに
どちらを使われたかは私は知らない。
随伴するパトカーはもちろん国産セダンだったので、
警官は死にそうな思いをしたらしい。

それ以外にも、通算9台のプリンスを自ら愛用なされた。
ttp://nigensha.co.jp/auto/bk_info.html?1103&INF=483

若い頃にドイツF-1GPでプレゼンターを務めた折りには
「競馬より面白い」と述べられたり、
高性能なクルマがお好きな模様。

でも、何故いまはビートルなんだろう……

261: 名無し三等兵 04/01/20 23:14 ID:???

>>260

自ら運転なさる車の場合、
国産車だと国産車業界のなかでメーカーに優劣をつけて
しまうことになり、よろしくない。
かといって外国産高級車を運転するお姿も「国
民に親しみをもたれる皇室」という点から、よろしくないので、
庶民的なビートルになったらしい。

下々のことを考え、好き嫌いをなるべく人前で言わないというのは、
これ一種の帝王学。スレ違いスマソ。

263: やってしまえTrue/False ◆ItgMVQehA6 04/01/20 23:41 ID:???

>>261

じゃあ国内の全メーカーがいっせいに
スポーツカーを献上すれば……違うな。

271: 名無し三等兵 04/01/21 01:45 ID:???

>>255

チャタレイだかエマニエルだかは忘れたけど、
今上陛下が学習院中学に在学中に
原作本を学校に持ってきた生徒がいた。
周りが興奮してるなか、パラパラと斜め読みした今上陛下は
「たいしたことないじゃん」とさらりとしていた。

ちなみに、発禁となったその本を持ってきた生徒の親父が、
発禁処分に関係した官僚だった。

256: 名無し三等兵 04/01/20 20:37 ID:???

昭和天皇が、皇太子だったころの話。
英国へ訪問した際に、お忍びで地下鉄に乗ろうとしたところ、駅員に
突然腕をつかまれた!
なぜならば、
皇太子は、切符を出すのを忘れていたのだそうだ。
(一部記憶で書いているので、間違いがあったら陳謝します)

266: 名無し三等兵 04/01/21 00:47 ID:???

>>256

その後日談?有名な話かもしれませんが。

昭和天皇はロンドンの地下鉄にて
生まれて初めて自らの手で切符を買われ、
よほど印象に残ったのか終生自室の机の引き出しに保管し、
時折切符を眺めては回顧にふけられていたとか。
なんでも財布を開くことすら生涯で数回しかなかったそうで。

267: 名無し三等兵 04/01/21 00:49 ID:???

>>266

やんごとなきお方は大変だなあ。一度でいいから
自分一人で好きなところに旅行したかったんだろうなあ。

279: 名無し三等兵 04/01/21 04:49 ID:???

>>266
,267
昭和史の中で最も印象に残ったことは何か?
という記者からの質問に対して、
「それは、ヨーロッパ旅行だ」とお答えになったそうです。続いて
「カゴの鳥だった私にとって、あの旅行ははじめて自由な生活ということを
体験したものだったから。あの旅行の体験は、
その後の私に非常に役立っていると思う。
大戦前後の苦労は言うまでもないが、
まず私はヨーロッパ旅行をあげる」と述べられたそうな。

やっぱ人生楽しくなきゃね。

ちなみに、2度目の欧州訪問でアンカレッジに立ち寄った際、
駆けつけてきた大統領は、ニクソン大統領。
初訪米だったこともあるんでしょうね。

引用元:☆信じられないが、本当だPart9