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152: 名も無き国民の声 2007/08/04(土) 19:37:21 ID:P0fQvZVzO

現代でも、世界トップレベルの造船技術に追いついたと言いながら、
真ん中からポッキリ折れる船を造る韓国人に大和など造れる筈がない。

153: 名も無き国民の声 2007/08/04(土) 20:00:36 ID:et7piwHX0

>>152

戦後生き残った日本の軍艦の一部は韓国で使っていたそうだよ。
韓国の造船はそれのコピーから始まったんじゃないかな?
158: 名も無き国民の声 2007/08/05(日) 00:11:28 ID:1pQZqTp0O

フィリピンとかそのへんの島で捕虜になった日本兵達が
捕まっている洞窟に毎日夜になると「ドンドコドンドコ…」って
太鼓の音と共に巨大な手があらわれて暴れ回って
日本兵達は毎夜パニックに…。て話を耳袋で読んだ気がする。
恐いとゆうより不思議な話。

230: 名も無き国民の声 2007/08/07(火) 00:57:48 ID:6O6Q2icx0

>>158

『新耳袋 第五夜』の
「第九十六話 捕虜収容所の夜」ですね、場所はバリ島。

この巻の「第十一章 戦争にまつわる九つの話」も
バラエティがあって、興味深い。
また、平山夢明の『怖い本』シリーズにも、
戦時中の人肉食にまつわる怪談や中国
戦線で虐殺を指示した上官への祟りといった話がある。
あと、一部の2ちゃねらーは嫌がるかもしれないが、
山田盟子の『戦争と怪談』も
戦争関係の怪談を手堅く収録していて良いらしい。

165: 名も無き国民の声 2007/08/05(日) 09:48:27 ID:FrjqJlNNO

昭和20年、満州でも特攻隊が編成されていました。

170: 名も無き国民の声 2007/08/05(日) 18:43:27 ID:iwR5J4k10

本土の非戦闘員に焼夷弾落としたり、艦砲射撃したり
米英のやったことはオカルト。
空襲で命を落としたり、一家離散したり、ひどすぎ。

168: 名も無き国民の声 2007/08/05(日) 17:32:29 ID:sGIknsMsO

どっか行けバーカ

続きwktk

172: 名も無き国民の声 2007/08/05(日) 20:27:06 ID:HTf/bGDJ0

>>168

ええ?続き??まあ、戦時中のはもう書いたけど、まあ書きます。
ちなみに俺の名前は、その祖母のお兄さんから一文字貰ったんだが、
よくある神主の姓名判断では、強い星の下に生まれてるけど、
人生半分まではつらい人生…とか言われたらしい。
俺は覚えてないけど、仮死状態で生まれた俺は、幼稚園の年齢まで
障害で歩けなかった(半身不随ってやつ)。両親が共働きだったんで
大半は祖父母に育てられたんだけど、例のごとく祖母は毎日祈ってたらしい。
まあ、それで歩けるようになったなんてのは、こじ付けがましいけどね。
気になると言えば、実家には猫がいて、
そいつが毎日赤ん坊の俺を勝手に舐めてたらしいけど…猫のおかげか?
まあ、そんなわけで普通に生きてきたよ。高校生までは…。

174: 名も無き国民の声 2007/08/05(日) 20:45:07 ID:HTf/bGDJ0

高校生の時、
俺は職業高校の全国大会があるので、静岡から香川県に行った。
まあ優秀だからというわけでなく、ただクジ運が悪いだけで、大会中
「タバコ吸いにいこ」とフラフラ街中へ。タバコ吸ってたら
変な托鉢の坊さんが来て、「タバコを一服くれんか?」と。
暇なんで雑談したんだが、お礼に俺の守り神と宿命を教えてくれた。
何か「南無阿弥陀仏」ってマジックで着物に書いてあるから、胡散臭く思ったけど。
家の状況、体の状況なんかが全部当たってたから気味悪かった。
坊さんは「君と同じ位の人が君を守っている。」
「でも、彼はもう疲れたようだよ、休ませてあげなさい。」と言った。
どうすればわからないので聞いたら、小さなお札をくれて
「君の運命は変わらない、お札が君と一緒にいるから、君が正しいと思う所で
彼にお礼を言いなさい。」と言われた。正直変な壺でも買わされるかと思った。
そして静岡に帰ってから考えたよ。 

176: 名も無き国民の声 2007/08/05(日) 21:10:07 ID:HTf/bGDJ0

静岡に帰った俺は、祖母に全部話した。祖母は泣いていた。
「○○(俺)の好きなようにしなさい」と言われ、考えて
夏休みに、祖母に場所を聞いて祖母の疎開先のお寺に行った。
既に当時の住職は亡くなって代替わりしていたのだが、事情を話すと
快く受け入れてくれて「どうせなら泊まっていきなさい」とのことで泊まることに。
残念ながらトロッコの線路はなかったが、畑の木はまだあった。
祖母から「お兄ちゃんはサイダーが好きだった」と聞いたから、
サイダーを撒いて木に向かって「おじさんありがとう、
ばあちゃんと神戸のおじさんもおかげで元気だよ。」
と言った。正直何も感じなかったけど、お寺に泊まって翌朝、朝食の時に
お寺のおかみさんが「おっさま(住職のこと)がゆうべ誰か見送ったよ。」と言っていた。
住職は昨夜縁側に座って見えない誰かと話していたそうだ。
最後に住職は「君の気持ちは通じたよ、苦しい時はまた来なさい。」と言った。
その後俺は苦しくても生きている、俺、実は今身体障害者だよ。
両腕が思うように動かない、治癒が見込めない現実。事故があって、その後
保証人で自己破産もしてる。色々あってどん底だけど精一杯生きてるよ。

すみませんね。泣けてきたからここらで終わります。

181: 名も無き国民の声 2007/08/06(月) 00:12:28 ID:dxn2zL3g0

>>176

その「お兄様」がいつも”笑顔”っていうのがとても素敵で、
ご先祖様の子孫に対する暖かい愛情・・
みたいなものを感じられて嬉しくなりました。

手が不自由なのに頑張って書いてくれてありがとう。
どうかあなたが大変な困難の中でも笑顔で暮らして行けますように。

引用元:太平洋戦争中の不思議な・怖い話