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61: 名も無き国民の声 2008/07/25(金) 13:14:34 ID:r4tyaqaQO

三年前、終戦記念日に靖国神社に行ったんだけど、
お賽銭する所ら辺に、軍服着た英霊の姿があり、こっちに敬礼してた
62: 名も無き国民の声 2008/07/25(金) 13:45:27 ID:0aB1l1DM0

毎年この時期になると一種独特な気分になるな
戦争物のテレビや映画なんかみたりして

68: 名も無き国民の声 2008/07/27(日) 21:25:00 ID:x+UgFQAE0

自衛隊の怪談。
苫小牧駐屯地のある便所では、個室に入ると
「俺の帽子はどこだ?いっしょにさがしてくれー」って声がするらしい。
これは旧軍時代、うんこ中に帽子を ひったくられた新兵がいて、
班に帰ると班長にリンチを受けて
「員数付てこい」 と追い出された。

その新兵は優しかったので、自分が員数付ると、こんどはそいつが殴られる。
そんなことは、とてもできないって思い悩んだあげく 便所で首をつったらしい。
それ以来、その便所では、そいつの声が聞こえるようになったとか。

76: 名も無き国民の声 2008/07/30(水) 01:46:50 ID:M9VQxlBe0

>>68
なんかもそうだな。
俺が所属していた隊では「銃くれの松」ってハナシだったが。

ついでに若い女が部隊で勤務する恋人に面会で来て、
警衛所だか衛兵詰所だかで「相手との関係は?」と質問されて
うっかり「3回です…」などと答えてしまったというネタも
旧軍時代から伝わってるな。

69: 名も無き国民の声 2008/07/27(日) 21:25:50 ID:x+UgFQAE0

105 名前:コピペ[] 投稿日:2007/07/23(月) 21:57:00.93 [夜] ID:BMSS/hk10 (PC)

私が、色々と相談をしている寺の住職は、
グアムやサイパン等の太平洋戦争の
激戦地の戦場跡を慰霊のために幾度も訪れています。
その時のエピソードをひとつ・・・・。

グアム島・・・某ホテル・・・深夜・・・
住職が、寝室で休んでいるとき、廊下の向こうから、
多数の兵隊が行進してくる軍靴の音が・・・。
そして、その行進は、住職の部屋の前で止まり、部屋の中に入ってきたそうです。
「自分は、福島県出身の〇〇一等兵であります。
この度は、戦友一同共に祖国日本への帰還を願いに参りました」  

・・・・と、
隊列の中から一人が前へ出て住職に向かって言ったそうです。
そこで、住職が般若心教境を唱えると、
彼らは、その般若心教に乗って日本へ帰還したとのこと。
同じように、戦死したアメリカ兵も住職の元へ現れて、
住職の唱える日本語の般若心境に乗ってアメリカへ帰還していったとのことです。

宗教、宗派は違っても、宗教は全ての人・霊の幸福のために
存在することをこのことは示しているような気がします。

70: 名も無き国民の声 2008/07/27(日) 21:26:30 ID:x+UgFQAE0

113 名前:コピペ[sage] 投稿日:2007/07/23(月) 22:03:58.24 ID:BMSS/hk10

サイパンというと、太平洋戦争の大激戦地で、
日米両軍で数万の犠牲者が出た所。
このマ○○○○島は、その最前線にあって、
サイパン本島からの救援もなく、脱出も出来ず、
最後には弾薬も尽きて、全将兵が刀を持って突撃して、全滅したといわれてます。

この話は、サイパンの現地係員の経験のある先輩の体験談です。
夕方、某ビーチを歩いていると、海岸線後方の木々の茂みの中から、
「突撃ィー!」
という声が聞こえたかと思うと、何百人もの旧日本兵が・・・、
「うわぁーー」と、海岸線に向かって突撃してきたそうです。

次の瞬間、
ダダダダダダダァ、
トガァーン!

機銃や大砲の音が鳴り響き、兵士達は次々と倒れていき、
あっという間に、先輩の周りは兵士の死体で埋め尽くされたそうです。
しばらくすると、機銃や大砲の音も止んで、あたりが静かになると
倒れていた日本兵達はスゥーと消え・・・、

次の瞬間、再び、
「突撃ィー!」
という声が聞こえたかと思うと、何百人もの旧日本兵が、
「うわぁーー」と、
海岸線に向かって・・・・・・。

その時、ビーチには、日本からの観光客も沢山いたそうですが、
ほとんどの人は、何も見えていないのか、そのまま遊んでたそうです。

ただ、先輩も含めて、幾つかのグループは、
真っ青な顔をして、ビーチから逃げ出したそうです。

71: 名も無き国民の声 2008/07/27(日) 21:27:42 ID:x+UgFQAE0

116 名前:コピペ[] 投稿日:2007/07/23(月) 22:05:30.77 ID:BMSS/hk10

私は、私が手配した団体旅行の出迎えのために国際空港にいました。

私が、到着ロビーで待っていると・・・、
たくさんの10代後半~20代位の女の子たちが、
ワイワイ騒ぎながら出てきます。
話の様子ではサイパンに行ってみたい。
その彼女たちが、私の真横を通った、その瞬間、
急に背筋が、凍りつくような悪寒を感じて振り向きました。

彼女たちを見ると、背中に、血だらけの旧日本軍の兵士を
一人ずつ背負っているんです。

「あの子達、マ○○○○島で・・・・・・・。」

そのまま、呆然として、彼女たちの背中の日本兵を見ていると、
1人の日本兵が振り向いたんです。
満ち足りたような笑顔を見せて・・・・・・・。

「あー、兵隊さん達、日本に帰りたかったんだ。」

彼女たちには悪いけど、
遠い島で亡くなった日本兵が、帰国できたのは良かったのかも・・・・。
少し切ない気持ちになりました。

72: 名も無き国民の声 2008/07/27(日) 21:30:18 ID:x+UgFQAE0

17 名前:眠い人 ◆ikaJHtf2 [sage] 投稿日:02/02/09 21:57

弾薬ネタと言えば、愛知県伊良子岬にあった旧陸軍の射場の話。
其処には連絡用のトロッコが敷設され、
射爆場の監的壕と要塞砲の連絡を行っていた。

ある日のこと、一トン爆弾用の
新型爆薬のテストが行われることになり、
板橋から火工長がやってきた。
指揮所にて最終確認を受け、監的壕の前に設置された爆弾に向けて
火工長以下5名の作業員がトロッコに乗って出発した。

火工長は軍服を着ており、
残りは作業服に麦わら帽という出で立ちだった。
遅れて、見学者を乗せたトロッコが出発した。
そのトロッコが走っていたとき、突然レールに
稲妻のような閃光が走り、試験用の爆弾が爆発した。

勿論、先に出発した火工長と作業員は粉微塵になって吹っ飛んだ。
しかし、作業員の遺体の一部は其処此処にあるのに、
火工長の遺体だけが存在しない。捜索隊は必死になって探した。
ふとコンクリートの壁に目をやると、
人間の形をした影が浮き上がってきている。

コンクリートの合わせ目に、軍服の生地のような糸屑が
霜降りの如く細く一面に挟まり込んでいた。
火工長は、爆風で吹き飛ばされた拍子に
肉体と軍服を壁に圧入されてしまったのだ。
その肉体に込められた脂血が時間の経過と共に
化学変化を起こし、浸みだしてきていたのである。

事故処理班が軍服のなれの果ての糸屑を
ピンセットで取り出し、人型を拭い去った。
しかし、翌日早朝、事故処理班が現場に行くと、また人型が浸みだしている。
このままでは士気に影響すると考えた処理班長は、壁を擦り続けた。
それでも、人型は怨念のように翌日には現れている。

逆上した処理班長は自らセメントを塗りたくった。
ところが、また人型が滲み出ていたと言う。
ついにたまりかね、タガネでコンクリートを片端から削り取り、分厚くセメントを
塗ることで漸く人型は滲み出なくなったという。

73: 名も無き国民の声 2008/07/27(日) 22:46:44 ID:eFPbImH90

>肉体と軍服を壁に圧入されてしまったのだ。
(大藁

75: 名も無き国民の声 2008/07/28(月) 15:11:32 ID:r75xfpLtO

マラカユイ島?

引用元:太平洋戦争中の不思議な・怖い話2