国家総動員報

25: 名も無き国民の声 04/08/29 03:14 ID:???

映画「拝啓天皇陛下様」には、
山下清本人が(1シーンながら)出演している

32: 名も無き国民の声 04/08/29 12:58 ID:???

米軍は輸血用血液を白人用と黒人用に分けている。

33: 名も無き国民の声 04/08/29 13:28 ID:qz4XqRX6

酔っ払って自艦に戻った俺のじいちゃんが
上官の足に吐いたということが本に載っていた・・・
じいちゃんに確認してみたところ
その後えらいぼこぼこにされたと言っていた・・・
28: 名も無き国民の声 04/08/29 11:21 ID:???

進駐軍が戦後持ち込んだものの中に、
日本の鉄道の荒廃を見越して準備した、
野戦用のディーゼル機関車があった。
その機関車は、戦車、トラクター、ジープなどの部品が多用され、
構造は、極力簡易化されており、電動工具などで
簡単に修理ができる代物だった。

その後、この機関車は当時の国鉄、
名鉄、八幡製鉄所に引き渡され、日本で本格的に使用された
初めての機関車となり、形態的にもその後開発された、
国鉄のディーゼル機関車に多大な影響を与えたと言う。

ちなみに、この機関車、
最初に国鉄に引き渡された時、8500形を名乗っていたが、
これは、進駐軍で使われていた機関車の番号が
8500番台だったからである。


43: 名も無き国民の声 04/08/29 17:55 ID:???

>>28

のちの国鉄DD12型。エンジンはキャタピラー製190PS×2。
扱いやすい機関車だったが、やや非力であることと、
発電式のディーゼル・エレクトリックだがモーター搭載位置が低いんで
雨の日にはよくモーター故障したらしい。

米軍における各種パーツ互換性の高さは皆様ご承知の通り。
当時の国鉄ではこのディーゼル機関車が故障すると
米軍当局に電話してジープを呼んだ。
するとGIがジープ2台でやってくる。で、1台置いていく。
ジープから外したパーツで修理ができたそうだ。
部品取りになったジープは、次の故障の時に
帰りのジープで牽引して米軍基地に持ち帰ったという。

GI(彼らも技術屋だった)がフレンドリーで、
国鉄の機関士に「ジープを貸してやる、好きに乗り回せ」
と言ってくれるんだが、あいにく当時の日本では
免許普及率が非常に低い。
「我々は運転できない」と言うと、
「なぜだ? おまえたちはエンジニアだろう」
そりゃ、機関士も「エンジニア」だけどさ・・・

29: 名も無き国民の声 04/08/29 11:26 ID:???

処女懐胎についてのある説。

なんでも当時、結婚前に”お試し期間”があったんだとか。
本当に相性が合って、死ぬまで一緒にいられるか
様子を見るためなんだけど。
でマリアの場合、お試し期間中に子供を作ってしまい
「さぁ、どうしようか?」
と言うことになったんだとか。

35: 名も無き国民の声 04/08/29 13:45 ID:???

何十年か前のこと
大阪市に住む老女が101歳になり
市からお祝いを受け新聞記者が取材に来た。
その際のインタビューの第一声は
「それはもう、戦争のときは、えらいさわぎでおました。」だった。
これ聞いた回りの人間は皆太平洋戦争のことだと思った。
しかしこのあと老女は
「わてらが京橋のほうへ逃げていくと血みどろの幕軍方の侍が
ぎょうさん船で淀川をおりていきました」と続けた。

そう、この老女の言う「戦争」とは鳥羽伏見の戦いだったのだ。

信じられないが、本当だ

 /);`ω´)<管理人オススメ記事をまとめてみました!! ID:totalwar226
37: 名も無き国民の声 04/08/29 14:25 ID:???

>>35

空襲や配給の話より、むしろ幕末の話が聞きたい

65: 名も無き国民の声 04/08/29 20:32 ID:???

>>35

筒井康隆のだっけ?小松左京のだっけ?

44: 名も無き国民の声 04/08/29 18:14 ID:???

>>35

元ネタは司馬遼太郎だな?

46: 名も無き国民の声 04/08/29 19:10 ID:???

>>44

そう、「燃えよ剣」下巻から。

36: 名も無き国民の声 04/08/29 14:06 ID:???

>なんでも当時、結婚前に”お試し期間”があったんだとか。

幕末の武士社会にも同じような習慣があった。
武士に自由恋愛は許されていなかったのは
良く知られているが、これは下級武士
でも結婚には政略結婚的な意味があったからである。
しかし、やはり無理があったらしく、
離婚は意外と多かった。(現代よりも。)
そこで結婚「お試し期間」が発達した。

>新潮新書「武士の家計簿」<これ最高におもしろい!

/);`ω´)<管理人オススメ記事をまとめてみました!! ID:totalwar226
38: 名も無き国民の声 04/08/29 14:57 ID:BylccU+O

昭和19年3月30日、31日両日に渡って行われ、
二十数隻の優秀な輸送船が失われたパラオ空襲。
実は、海軍は2日も前に察知しながら、
空襲の警告が船舶に出されたのは、空襲前夜だった。 

他の国では、信じられないし、本当なのかよ?

と言った幹事の話なのに、極東某国の旧軍だとなんとなく信じられるし、
本当の話になってしまうのは何故なんだろう・・・・・


引用元:★信じられないが、本当だPart15