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385: 名も無き国民の声 2009/07/11(土) 22:47:41 ID:brhkTaJ00

中国無錫近辺。昭和12、3年の頃の話。
南京進攻の時、13人の中国人を切った。
後に、行動をともにした兵士達の中に、
その13人とそっくりな者が全部いた。
13人を切った塔所へ帰って、そこを掘ってみたら骨が一つもなかった。

話者・知人。回答者・松尾静明(広島県在住)。

(「現代民話考2 軍隊」 松谷みよ子 立風書房 P380)
390: 名も無き国民の声 2009/07/12(日) 08:27:43 ID:GfecP+Xy0

インパール作戦が、
インド独立のための民衆武装蜂起のきっかけになった
のは有名な話だ。独立後、インド政府は
靖国神社に感謝状まで送っている。

オランダはインドネシアを領有していたが、
現地人に対する扱いはそれは酷いものだったそうだ。
天然ゴム農園を経営するために現地人を安い賃金
で奴隷同然にこき使い、病気になったらトイレもない
不衛生な土塀の小屋に監禁し、用を足した後は染み込んだ土を
鉄格子のある窓から外に捨てていた。

植民地時代のイギリスやオランダの現地人に対する虐待は、
ほとんど知らされていない。

391: 名も無き国民の声 2009/07/12(日) 11:02:20 ID:3Z/VEOod0

なんで定期的にスレチな話題が出るんだ
書いてる奴は1人か2人かだろうけどな

軍事板政治板で相手にされないからって、
こんな所でエラそうに語ってんじゃねえよ

393: 名も無き国民の声 2009/07/12(日) 12:49:42 ID:fRTXQSiWO

このスレと関係ないかも?
うちのばあちゃん戦時中満州にいたらしいけど、
日本が負けてからロシア人と朝鮮人の横行が
ハンパなかったっていってた。

日本人の男はみんなボコボコにされて、
女は暴行されまくってたんだと。
ばーちゃんが1人で家にいるときも
ロスケ(←ばーちゃんがロシア人のことをいう時はこういう)が
いきなり押し入ってきて、家んなかぐちゃぐちゃにして
ばーちゃんに暴行しようとしたらしい。

その時ばーちゃんお腹に赤ちゃんがいて、
頼むから勘弁してくれって
泣いてすがったら見逃してくれたらしい。
そのロスケの腕にはそこらへんから強奪した腕時計が
両腕にびっしり何本もついてて、
今でもその腕が忘れられないって言ってたよ。

397: 名も無き国民の声 2009/07/12(日) 15:10:58 ID:aQNH66Cs0

>>393

家の父と祖母も満州にいて、引き上げ船に乗り込むまでの間
(港周辺についてからも何ヶ月も待たされたらしい)
引き上げる人たちが手荷物制限で置いていかざるを
えなかったミシンと着物を使ってドレスを仕立て、
それを父が街頭でロシア軍の女兵士に売りつけて
帰国までの滞在費を稼いだそうだが、
(これは今でも酒に酔うと娘と孫らに話して聞かす父の武勇伝の一つ)
自分に聞かせなかっただけで祖母は
相当怖い思いをしたんだろうなと改めて思った。
父だけでなくまだ就学前の弟妹も三人抱えていたそうだし。

394: 名も無き国民の声 2009/07/12(日) 12:57:18 ID:MOT37U+i0

ロシア人は腕時計が止まると
つぎつぎに新しいのが必要になるからそうしてたらしい
ゼンマイを巻けばいいってことを知らなかったそうだ

395: 名も無き国民の声 2009/07/12(日) 13:17:29 ID:fRTXQSiWO

>>394

そうだったのかwロシア人アホすw
即レスもらったんでもう一つ。

そのばーちゃんが戦争が終わって
満州から引き上げる時の話。
なんか帰るためのお金?的なものが
日本から支給されたらしい。
ばーちゃんはお金を持ってるとまた怖い目にあうと思い、
近所の唯一優しくしてくれた朝鮮人のおじいさんに
全部お金をあげちゃったんだって。
そしたらそこのじいさんがすごい喜んで
野菜やら食料をたくさん分けてくれたり、
満州をでるまで色々便宜をはかってくれたらしい。

んで、日本への船中。
当時産まれたばかりの赤ん坊を連れてたから、
船の中で赤ん坊がぎゃんぎゃん泣いて、知らんおっさんとかから
「うるせぇ!子供なんか乗せるな!海に落とせ!」
みたいな罵声をあびてたらしい。
その時に朝鮮人からもらった野菜やらを
おっさんらに分けてその場をしのいだんだって。

そんなこんなで2ヶ月かかったけど
無事にて日本まで帰ってこれたと。

まーこれは不思議ではないかw

398: 名も無き国民の声 2009/07/12(日) 18:48:26 ID:NIFheIj10

>>395

ばあちゃん賢いなあ

引用元:太平洋戦争中の不思議な・怖い話4