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87: 名も無き国民の声 2006/08/01(火) 15:49:40 ID:???

終戦の直前、宮古島から
「神風特攻第三龍虎隊」九三式中練特攻機7機が出撃した。
これらの内4機は、7月30日未明、
沖縄近海に哨戒中の駆逐艦隊に突入し、
駆逐艦キャラハン撃沈、同キャッシン・ヤング大破、
他2隻に損傷を負わせた。 沖縄本島に向かった
3機の内2機は、P51の迎撃を受け自爆したが、
残る1機は那覇飛行場に突入し損害を与えた。
94: 名も無き国民の声 2006/08/01(火) 18:51:27 ID:???

インディペンデンス級だよな。
軽空母と言っても能力や規模ではレンジャー、
ワスプあたりに準じるかと。

そういやこの逸話を引用して、
前後して「戦果を上げた者の名を聞くと、
決まって江草(隆繁)の部下だった」
というコメントで結んでいる話を
読んだことがあるが、何の本だか思い出せない…。
思い当たる人いる?

96: 名も無き国民の声 2006/08/01(火) 20:40:54 ID:???

第四航空戦隊に配備予定だった彗星とも聞いたぞ。

97: 名も無き国民の声 2006/08/01(火) 21:01:46 ID:???

>>96
わざわざありがとう。
大戦後半の艦爆の活躍について記した文章で、
プリンストンの話を含む幾つかの挿話があって、
「戦果を上げた…江草の部下(or弟子or門弟)だった」
という締めくくりだったと記憶している。
なので必ずしも特定の逸話と部隊・個人とを
結びつけていない可能性はある。

チョトだけ調べたところでは、
2航艦の12機、ということしか言えないみたい。
でも深読みすると、証言者の間で
暗黙の了解があるようにも…(?)

99: 名も無き国民の声 2006/08/01(火) 21:12:22 ID:???

>>97

江草氏の経歴を見ると、蒼龍が沈んだ後、
昭和17年7月、横須賀航空隊教官に着任
同年9月以降、横須賀航空隊飛行隊長に昇格、
昭和18年8月に新設の五二一航空隊飛行隊長に
転出しておりますので
横須賀空時代の部下かな?

100: 名も無き国民の声 2006/08/01(火) 21:26:23 ID:???

>>99

手許にその記載がないので明言できないし、
読んだ記憶でもはっきり書かれていなかったと思う。
ご期待に添えず面目ない。
ただ任意の発言の中に「真珠湾以来の手練では?」
というものがあり、蒼龍時代の部下だったとも
考えられるが、>>99的にはどう思う?

101: 名も無き国民の声 2006/08/01(火) 21:48:04 ID:???

>>99

蒼龍航空隊の搭乗員の大半は、
ミッドウェイ海戦で母艦が沈んだ後、
再編された二航戦(隼鷹、飛鷹)に転出したそうですが。
その後、ガダルカナルを巡る戦いで殆どが戦死しておりますね。
特に、艦爆隊の損耗率は高かったし・・・

「蒼龍時代の部下」なら、ミッドウェイ海戦後、
陸上航空隊に教官として転属、
ずっと内地に居て前線に出なかったが、
マリアナ沖海戦後、母艦航空隊に転属した、
という事になりますかね? 

話は逸れますが、真珠湾以降、
全ての空母戦に参加した母艦搭乗員なんて居るのかな?

102: 名も無き国民の声 2006/08/01(火) 22:03:00 ID:???

>>101

100だが、搭乗員の追跡調査については
模型誌(70年代のモデルアート誌、80-90年代の
同誌臨時増刊およびレプリカ誌の特集記事)に
記載があるが、その他には個人の手記や、
少ないながら研究者による総説を当るしかないかと。
これまた恥ずかしながら殆ど手許に
置いてない(実家の本棚w)ので何とも言えないが、
MA誌増刊の巻末一覧でかなり絞れるのでは?

103: 名も無き国民の声 2006/08/01(火) 22:54:03 ID:???

>>102

映画『連合艦隊』の主人公的存在(?)・永島敏行演ずる
「本郷英一大尉」(「瑞鶴」乗組の九九艦爆搭乗員)は、
劇中の描写を見る限り、ミッドウェイ海戦以外の全ての空母戦
(真珠湾からレイテ沖まで)に参加しているようですが。
実際には、こんな人は居なかったんでしょうかね。

104: 名も無き国民の声 2006/08/01(火) 23:15:22 ID:???

>>103

痛いところを突かれてしまったw
いや、本郷大尉の突入シーンは
何度観てもマジ泣きしてしまうもので・・・(涙

ぱっと思いつくのは橋本敏男大尉とか
歴史の生証人の筆頭格だったと感じるけど、
どなたか思いつかれます?

105: 名も無き国民の声 2006/08/02(水) 00:38:00 ID:???

>>104

「本郷英一」は、昇進時期などから見て、
海兵六十六期あたりと思いますが。
橋本敏男氏の「同期生」になりますね。

結婚したばかりのKA(妻)を
弟に託す所とかを見ても、「本郷英一」のモデルは、
南太平洋海戦で戦死した石丸豊大尉
(海兵六十六期)と思われます。

石丸氏は、元海軍中尉の
戦記作家・豊田穣氏の搭乗員時代の教官に当たる人で、
豊田氏の著書にはよく出てくる人ですね。
(著書では、旧姓の「岩下」で登場しますが)
「連合艦隊」には、豊田氏も「企画協力」として
加わっていたので、その関係から
そういう設定になったんでしょうか。

109: 名も無き国民の声 2006/08/02(水) 07:45:12 ID:???

>>105
>>108
ありがとう。 本郷大尉、海兵六十六期あたり
というのは時期的に納得できます。
モデルが石丸大尉だったというのは
思い当たりませんでした。今度調べてみます。
その他、マリアナ沖で生き残った方々の動向とか
色々書きたいのですが、また今度。

>「九九棺桶」で真珠湾から
フィリピン沖海戦まで戦い抜くとは、
しかも一一型だったはず・・・

110: 名も無き国民の声 2006/08/02(水) 18:46:53 ID:???

>>109

実は、最後(フィリピン沖海戦時)に乗ったのは、
試作のみで終わった一二型(D3A2)だったとか・・・
本土の飛行場の片隅で埃を被っていた一二型試作機を
本郷大尉が徴発して瑞鶴を追っかけて行った、
などと想像してみたり・・・・

111: 名も無き国民の声 2006/08/02(水) 18:50:27 ID:???

>>109

というかこの「本郷大尉」、マリアナ沖海戦時にも
「九九棺桶」一一型に乗っていたんでしょーか・・・?
こんな旧式機で、「マリアナの七面鳥撃ち」に生き残るとは、
ルーデル並みですねw

783: 名も無き国民の声 2006/09/27(水) 01:55:49 ID:???

>>99
 
神風vsホークビルの戦いは、
あの当時の日本海軍全般の状況を考えると
それに当たる気がする。
陸軍なら伊東大隊の棚原戦かな。野戦とはいえ、
あの沖縄戦で米軍の戦線を大隊規模で突破して後方を占拠、
命令で退却するまで2日間持久とか正直あり得ねえ。
http://www.okinawa-senshi.com/32ir-1-ask.htm

引用元:【いろんな】WW2の伝説的英雄【意味で】