国家総動員報

2ちゃんねるの軍事関係のスレをまとめています。 その他、大日本帝国時代を懐古する様なスレもまとめています。 過激ではなく穏やかに保守の思想を貫きます。

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}管理人のつぶやき:「日本ってやっぱ凄いよ」 日本の日常のふとした光景に外国人が感銘!

歴史

【画像あり】古代の朝鮮半島南部、日本領土だった

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1: 名も無き国民の声 2017/09/04(月) 20:13:04.97 0

 no title

83: 名も無き国民の声 2017/09/04(月) 22:46:13.96 0

>>1

教科書レベルの知識でわざわざスレ立てるなよ
この時代に半島から移住した渡来人の子孫が日本人として
在日を差別してるのも現実だけどね
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日露戦争前に開戦を批判し「非戦論」を唱えた毎日新聞記者がいた

b597

1: 名も無き国民の声 2017/09/01(金) 09:22:59.44 ID:oVhLVGjw0 BE:902666507-2BP(1500)
 
1904(明治37)年、日本とロシアは
満州(中国東北部)の権益を巡って開戦した。日露戦争だ。 
両国の対立は日清戦争後の三国干渉から始まり、極東へ大軍を送り込むロシアに対し、
日本国内では「ロシア討つべし」の声が強く上がった。 
  
世論が対露強硬論に傾く中、開戦を批判し、非戦論を唱えたのが
毎日新聞(今の毎日新聞とは無関係)記者の木下尚江だった。 
  
木下は新聞紙上で「戦争は人類の最大罪悪なり」と主張。
開戦前年に発表した「国家最上権を排す」の中で、
「戦争自体が不義であって、不利だから戦争を避ける、
という考えではいけない」と訴えた。 
戦争で国民は苦しみ、一部の資本家がもうけるだけと指摘している。 
  
日露戦争前、開戦に反対を唱えるのは勇気ある行動だった。
「歴史の里」の千賀康孝学芸員は「木下が非戦論を唱えたのは、
キリスト教を信じた影響が大きい。木下は国民が情勢をよく分からないまま、
戦争へと流されていったことも批判した。その思いは今の時代にも通じる」と話す。 
  
木下は晩年の35(昭和10)年、知人にあてた手紙の中で、
「どこもかしこも戦争一色。非戦を貫き通す覚悟はできています」と書いた。
この頃、軍部が台頭し、手紙を書いた2年後に日中戦争が起き、
木下も世を去った。日本は太平洋戦争へ行き着き、45年、終戦を迎えた。 
  
満州事変から太平洋戦争へ至った時代を振り返ると、
満州の権益を得た日露戦争が導火線になったようにみえる。
その勝利体験が、日本軍にはびこった精神主義の遠因になった。

全文は下記のアドレスへどうぞ
https://mainichi.jp/articles/20170831/ddl/k20/040/031000c

34: 名も無き国民の声 2017/09/01(金) 09:49:48.66 ID:SvsyrWjB0

>>1

>(今の毎日新聞とは無関係)

はい!ここテストにでますよー!アンダーラインね!
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中国「三国志!」日本「戦国時代!」韓国「」←これ

b786

1: 名も無き国民の声 2017/08/31(木) 00:36:23.47 ID:So/3IyZA0

なんなん?

2: 名も無き国民の声 2017/08/31(木) 00:36:38.69 ID:sA4OqXGf0

カンナムスタイルやぞ

3: 名も無き国民の声 2017/08/31(木) 00:37:12.38 ID:V9GW9n0Bd

属国の歴史

244: 名も無き国民の声 2017/08/31(木) 01:08:21.04 ID:853QX7Sh0

>>3

同じ中国の属国でも琉球は三山時代があるんだよなあ
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大清帝国「劣等人種ジャップwww」大日本帝国「はい、日清戦争ドーン」→

国家総動員報桜

1: 名も無き国民の声 2017/08/28(月)11:14:59 ID:9M8

大日本帝国「満さん…w」

清「」


し~ん(笑)

2: 名も無き国民の声 2017/08/28(月)11:17:00 ID:7uY

科挙を廃止したから滅びたとかいう謎風潮

引用元:http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1503886499/
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【画像】全国初「和歌」刻まれた平安時代の土器出土!

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1: 名も無き国民の声 2017/08/25(金) 15:45:13.20 ID:CAP_USER9

山梨県甲州市は25日、同市塩山下於曽えんざんしもおぞにある
平安時代の「ケカチ遺跡」から、和歌1首が刻まれた土器が出土したと発表した。 
京の都から和歌や仮名文字が広がり始めた10世紀中頃に作られたとみられ、
専門家は「和歌などの貴族文化が地方にも広がっていたことを示す
貴重な史料」と話している。 
  
平安時代の土器は、墨で地名などが書かれたものの出土例が多く、
京都市の平安京跡で出土した土器には、平仮名の「いろは歌」の
ほぼ全文が墨で書かれていた。今回の出土品は焼く前の土器に文字を刻んでおり、
甲州市教育委員会は「和歌を丸々1首刻んだ土器の発見は全国で初めて」と説明する。

全文は下記のアドレスへどうぞ
http://yomiuri.co.jp/culture/20170825-OYT1T50084.html 
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無慈悲な鉄槌を加える!
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