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1: 金吾中納言 ★ 2015/05/30(土) 22:20:04.71 ID:???*.net

戦後70年の節目に読んでおきたい、
元日本軍エースパイロットたちが語る戦場秘話。
話題の新刊『撃墜王は生きている!』(井上和彦著、小学館)より、
日本陸軍においてB29爆撃機を5機撃墜、7機撃破、
さらにその他の敵戦闘機を3機撃墜した、まさに「撃墜のエース」だった
生野文介・元大尉の証言を紹介する。

生野大尉が「飛燕」戦闘機から
五式戦闘機に乗り替えた昭和20年5月のことだ。
B29の迎撃戦の帰り、厚木上空で米軍戦闘機P51「ムスタング」の
8機編隊が南に向かうのを発見した。

P51は、第二次大戦中、“最強の戦闘機”と賞賛された戦闘機だ。
生野大尉は「帰る前にひとつ攻撃しようと思って」
わずか1機で敵編隊の下に潜り攻撃を試みる。

ところがその瞬間、敵編隊の先頭4機が空になった
増槽(長距離を飛ぶために追加する燃料タンク)を捨てて身軽になり、旋回を始めた。
戦闘開始の合図だ。

気づかれたとわかった生野大尉は自機を旋回させて射撃。
ところが、一撃しただけで弾切れになるという非常事態に陥った。
その状態で8対1という格闘戦を行ないながら、
見事に敵の攻撃をかわして帰還したのである。生野氏は言う。

「P51は確かに速度がありましたね。だけどそれだけではね。
空中戦の技量、テクニックがなければだめなんです」

かつて雑誌のインタビューにて、
P51に墜とされる不安はなかったかと聞かれた生野氏は、
「ないですね。もう絶対に自信があった」と答えている。あとで機体を確認したところ、
このときの戦闘で24発も被弾していたとのことで、その胆力には恐れ入る。

全文は下記のアドレスへどうぞ
http://www.news-postseven.com/archives/20150530_325273.html
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